2013年02月26日

『遺体 明日への十日間』

監督・脚本:君塚良一
原作:石井光太『遺体 震災、津波の果てに』(新潮社刊)
出演:西田敏行、緒形直人、勝地涼、國村隼、酒井若菜、佐藤浩市、佐野史郎、沢村一樹、志田未来、筒井道隆、柳葉敏郎、ほか
英題:Reunion
2013年

石井光太氏のルポルタージュを忠実に映画化した作品と知って、観ようと思った。3.11の大災害については、地震発生直後から膨大な量の報道がなされてきたが、私たちがテレビで目にしたのは、襲い来る凄まじい津波、流される家屋、避難所の様子、そして福島原発の様子、それがすべてであった。次々に運び込まれる遺体には、カメラは向けられなかったのだろう。遺体安置所で、亡くなった家族を見つけた人々の慟哭や憔悴を、もし映し出していたとしたら、人非人のそしりを免れなかっただろうことも、容易に想像がつく。だからこそ、当時を追体験するように映画を作ることに意味があったのだろうと思う。

この映画は、津波の犠牲になった方々の無残な遺体が、生き残った人々の手で尊厳を取り戻す過程を描いている。震災の被害、肉親や友を失った事実を未だに受けとめられない方々も多いはずだが、少なくとも被災された方々の神経を逆なでするような作品にはなっていないと感じる。もちろん、東北に住んでいない者の勝手な思い込みかも知れないが。

号泣を覚悟していたが、そうではなかった。当初大混乱の遺体安置所だったが、それにもかかわらず全体のトーンは静謐だ。涙がこぼれたのは、演じている俳優たちの心が動いたと感じたときだ。俳優たちが演じていることをこれほど忘れさせる映画もないだろう。西田敏行が「志田未来さんが泣いているのか、役の照井さんが泣いているのかわからなかった」と述べていたが、本当にそうだった。今自分ができることをやるのみだという決意は、おそらく本物の当事者の方々も、映画に出演している俳優たちも同じだったのではないかと思う。

避難所などと異なり、遺体安置所にはほとんど何の情報も入ってこない。いったい釜石で、東北沿岸で何が起こったか理解しないまま、遺体安置所では人々が働いていたのだろう。電気もなく、水も食料も乏しく、毛布も足りず、棺はなかなか届かず、運ばれてくる遺体の中には知己の人も少なくなく、凍てつく寒さの中、極限状態に置かれながらもなお自分にできることを必死にやり続けた人たちの心には頭が下がるばかりだ。日本が誇れるのは、こういう人たちの心根だと思えた。

描かれるのはほとんど遺体安置所となった中学校の校舎と、収容した遺体を運ぶ現場のみ。音楽もほとんどない。映画スタッフは泣きながらセットを作っていたと聞く。監督やプロデューサーをはじめとして、スタッフ・キャストの実に誠実な映画への取り組みがよくわかる作品だ。個人的には、ひたすら床を掃除し続ける市職員の照井優子(志田未来)と、ひたすら検歯の助手を務める大下孝江(酒井若菜)が印象深く、美しかった。

映画の収益は被災地に寄付されるそうだ。その意味でも多くの人に観てもらえるとよいなと思う。

(2013.2.25 ユナイテッド・シネマとしまえん にて)

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2013年02月19日

『ゼロ・ダーク・サーティー』

監督:キャスリン・ビグロー
脚本:マーク・ボール
出演:ジェシカ・チャステイン、ジェイソン・クラーク、ジョエル・エドガートン、ジェニファー・イーリー、マーク・ストロング、カイル・チャンドラー、エドガー・ラミレス、ほか
原題:Zero Dark Thirty
2012年アメリカ

ビンラディンを追い詰めたCIAの女性を描き、アカデミー賞に何部門もノミネートされている評判の映画ということで、ほとんど事前情報をシャットアウトして観に行ってきた。これはすごい作品だ!好き嫌いはあるだろうが、出来映えには文句のつけようがない。後で脚本が『ハート・ロッカー』の脚本を担当したマーク・ボールであることを知る。『ハート・ロッカー』といえば、私が2010年の外国映画の1位に推そうか迷ったほど気に入った作品だ。知らないで観ているときに、『ハート・ロッカー』と雰囲気が似ているなと漠然と思ったのだが、それは当然のことだったのだ。

9.11のテロから10年、2011年にウサマ・ビンラディンは殺害されたが、その間どのような手段で情報が集められていたか、誰がどのように作戦を主導したかは我々の知るところではなかった。CIAの情報分析官マヤ(ジェシカ・チャステイン)は、CIAに入って以来アルカイダの情報分析に没頭してきた。巨額の予算をつぎ込んでチームはビンラディン捜索にあたってきたが、何年たっても手がかりが掴めない。上層部は徐々に彼女のチームに冷淡にあたるようになる。あるとき、有力な情報が手に入りそうになる寸前で、互いに敬愛していた同僚が自爆テロの犠牲になる。これを契機に、マヤは凄まじいまでの執念でビンラディンの行方を追跡し、ついに隠れ家と思われる場所を発見する。だが、拷問による取り調べを糾弾され立場を悪くしているCIAの上層部は、100%の確証がない限り動こうとはしない。マヤはいかにこの難局を乗り越えるか。

これはCIAが制作協力した実話であるというから驚きだ。そうは言っても映画である以上、虚構も含まれているはずだが、すべてがリアルそのもので、その迫力たるや並大抵ではない。冒頭は9.11の惨事を音だけで描く巧みな導入となっている。次いで、相当ハードな拷問シーン。事前情報に接していなかった身をしては、なぜこんな酷い場面を長々と…と思ったが、それがなくてはCIAの活動の全容を描けないのだと、しばらくすると納得した。全編を通して漲っているのは、マヤの執念だ。アルカイダとの戦いより、上層部との戦いのほうが彼女を消耗させたかも知れない。アルカイダに爆弾テロはつきものとはいえ、そのタイミングや爆発の凄まじさは思わず身体が動いてしまう。そして、圧巻はビンラディンの隠れ家襲撃のシーンだ。ブラックホークと呼ばれるステルス型ヘリ2機と、それに乗り込んだネイビーシールズという海軍特殊部隊の兵士たち。装備も凄ければ、兵士の機動力も凄い。まさに手に汗握る数分間だ。

「ゼロ・ダーク・サーティー」というタイトルの意味については、時間の言い方かな?「ダーク」は闇夜のことだから「午前0時半」かなと推測したら当たっていた。深夜0時半をあらわす軍事用語だそうで、作戦決行時間を指しているとのこと。これは良いタイトルだと感じる。

この映画はおそらく、アメリカで公開されたということに最大の意味があるのだろう。自国のことをよくぞここまで描いたと誰もが思うに違いない。それは距離感のある日本人には理解しえないことかも知れないが、丹念に調査を重ねて作品に仕上げたスタッフやキャストの底力には敬服するしかない。

(2013.2.18 池袋HUMAXシネマズにて)

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以下ネタバレあり
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2013年02月13日

『横道世之介』試写会(監督舞台挨拶つき)

監督・脚本:沖田修一
原作:吉田修一「横道世之介」(毎日新聞社 文春新書刊)
脚本:前田司郎
出演:高良健吾、吉高由里子、池松壮亮、伊藤歩、綾野剛、朝倉あき、黒川芽以、柄本佑、佐津川愛美、堀内敬子、井浦新、國村隼、きたろう、余貴美子、ほか
2013年

試写会に応募したときは、舞台挨拶があるとは知らず、行き慣れた近くのシネコンでの試写会という珍しい企画だったので、これは良い!と応募したのだった。当日試写状をよく見直してみると、上映後に監督の舞台挨拶があると、ちゃんと書いてあるではないか!大きなスクリーンで座り心地の良いシートで、しかも監督の話が聞けるなんてラッキー!原作は読んでおらず、吉高由里子が観たいというのが当初の鑑賞目的だったが、前評判がかなり高いので期待しながら出かけた。

80年代に18歳で大学進学のために長崎から上京した横道世之介(高良健吾)は、空気が読めないが憎めないお人好し。ちょっと変だけれども“ふつう”の青年だ。ガールフレンドの、“ごきげんよう”が挨拶のお嬢様・与謝野祥子(吉高由里子)、憧れの年上美女・片瀬千春(伊藤歩)、入学式の際に知り合い、サンバの同好会にともに入る同級生・倉持一平(池松壮亮)、世之介が勝手に友だちのつもりでいる同級生・加藤雄介(綾野剛)など、世之介と関わった人たちの80年代と16年後の現代とを描く。彼らの記憶の中の世之介はいつも笑顔。誰もが、彼を思い出すときはどうしても笑ってしまい、輝いていた日々の記憶で幸福感に包まれる。

オープニングは新宿駅、上京した世之介が雑踏の中を歩いて行く。道行く人々の80年代ファッションにまず目を惹かれる。とりわけ若い女性の、前髪を一部立て、簾のように額に垂らしたいわゆるワンレンと呼ばれたヘアスタイル。エキストラさんたちをこうやって皆80年代風に装わせるのも大変だったろうと感心する。地方の方々には本当に失礼な言い方なのだが、世之介は東京人からするとあり得ないような鈍さというか、厚顔というか、KYというか、押しつけがましいわけでもないが、かと言って、決してスマートでもなく、泥臭すぎるのでもなく、軽いのか重いのか測りかねる青年だ。けれども、その悪意のなさ、屈託のなさに、なんとなく誰もが居心地のよさを覚えてしまう存在だ。

世之介のいた80年代と、彼のいない現代とが交互に描かれる。その配分がとてもよい。切り替わるタイミングもうまい。世之介のアパート、大学、サークルの合宿、長崎の実家、長崎の海、祥子の家、病院…めまぐるしく舞台は変わるのだが、ちっとも散漫な印象を与えないから、160分という長い上映時間も長さを感じさせない。

世之介という人物は決して面白可笑しいわけではない。けれども、彼と出会った人は、どうも調子を狂わされて、つい変な反応をしてしまい、それが可笑しい。台詞やディテールで笑わせるのではなく、俳優さん同士のちょっとしたタイミングが、実に可笑しいのだ。

吉高由里子はやはり華があるなあと思う。実のところ、吉高が登場するまではやや退屈だった。けれども、彼女が出てきた途端、場面がパアッと明るくなるような印象を受ける。それに、吉高をはじめとして、池松壮亮も綾野剛も、80年代と16年後の現代との年齢差がはっきりわかる表情の違いにも感心した。もちろんメイクや髪型も年代に合わせたものにしているが、まったく違和感がない。現在、吉高由里子24歳、池松壮亮22歳、綾野剛31歳。実年齢よりやや若い頃から、やや年上の役を演じるわけだから、ちょうどいい年頃なのかも知れない。

個人的に印象に残った俳優さんはたくさんいるが、世之介の2部屋隣に住む女性を演じた江口のりこが少ないシーンながら傑作だった。そして今人気急上昇中の綾野剛。シャツインがこんなにカッコ良い俳優さんは、『メゾン・ド・ヒミコ』のオダギリ以来ではないだろうか。奇しくも綾野も本作では、女性に興味のない青年だ。また、写真家役の井浦新はまたもや新鮮なキャラクターだったし、与謝野家のお手伝いさんを演じた広岡由里子も表情だけで観客を爆笑させてくれた。余談になるが、本作でかなり重要な役どころの池松壮亮に関しては、どうしても“新選組!目線”になってしまう私としては、「市村鉄之助!大きく成長したなあ」と感慨があった。

世之介自体には私は魅力は感じない。現実にこういう人が周りにいたら、友だちになりたいとは思わないだろう。そのために、完全にストーリーにのめり込むことは出来なかったが、世之介は象徴のような存在で、周囲の人たち個々の青春模様として作品をみればよいのだろうと思った。

* * * * *

上映後舞台挨拶:沖田修一監督

Showgateの西田さんという女性の方の司会で沖田監督が登壇。高良健吾くんでなくて済みませんと言いながらの挨拶。1987年に18〜19歳だった若者たちを描いたわけだが、スタッフの中にも68年生まれあたりの世之介世代の人が多く、みんなでああだったこうだったと意見を出し合って作って行ったという話から始まる。冒頭の新宿駅は、CGを使って町並みを作り替えているそうだ。また、駅の階段から町並み全体を作り替えてしまったり、今ではもうなくなって当時トレンディの喫茶店なども全部作ったと説明。女性はああいう髪型だし、男性はもみ上げを切らなくてはならないので、エキストラはまず、もみ上げを切ってよいかどうか聞かれたのだそうだ。

せっかくこういう機会なのでということで、挨拶のあとすぐに感想や質問を客席から募る。面白かったという意見が多数出た。

世之介と祥子については、ラブストーリー風にはしたくなかったと監督は言う。キスシーンさえ、映画で撮るのは初めてだったのだそうだ。2人のロマンチックなシーンについてはネタバレになるので、ここでは控えよう。

小説のカギ括弧でくくられている台詞は、そのまま使うのはやめようと脚本家と相談して作ったのだそうで、これは意外だった。原作ものの場合、小説と台詞が同じことが多いのではないかと思っていたからだ。

世之介・祥子はぴったりのキャスティングだったが、キャスティングの経緯は?という客席からの質問に監督はこう答えた。「高良くんは20歳の頃から映画に出てもらっていて、暗い役もあるが、素の彼は世之介に近いような気がして、そのまま昔からの流れで出てもらうことになった。吉高さんは、いくつも作品を観て一緒にやりたいと思った。吉高さんに出てもらえば、爆発的な祥子になると考えた」

最後に、「劇場で皆さんと話す機会が持てたことが嬉しい」と締めくくった。

yonosuke.jpg終わってから2階のロビーで少し休んでいて、そろそろ帰ろうと1階に降りたら、監督がまだ残っていて、観客と談笑したり写真撮影に応じたりしていたので、私も列につき、チラシにサインをいただき、2ショットの写真もスタッフの方に撮っていただいて、良い思い出になった。

(2013.2.12 ユナイテッド・シネマとしまえん にて)

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2013年02月07日

『ストロベリーナイト』

監督:佐藤祐市
原作:「インビジブルレイン」誉田哲也(光文社文庫刊)
脚本:龍居由佳里、林誠人
出演:竹内結子、西島秀俊、大沢たかお、小出恵介、宇梶剛士、丸山隆平、津川雅彦、渡辺いっけい、遠藤憲一、高嶋政宏、生瀬勝久、武田鉄矢、染谷将太、金子ノブアキ、金子賢、鶴見辰吾、石橋蓮司、田中哲司、三浦友和(友情出演)、ほか
2013年

テレビの連ドラ「ストロベリーナイト」は、テレビドラマを見る余裕のある時期だったら、西島秀俊ファンでもある私はもちろん見ていたはずだが、昨年の1月期といえば、家庭内がしっちゃかめっちゃかだった頃で、テレビドラマをゆっくり見ている暇などなかった。だから先日放送された土曜プレミアム特別企画「ストロベリーナイト アフター・ザ・インビジブルレイン」を見て、ようやく最低限の知識を詰め込んで映画を観に行った。現実にはあり得ないほど美女の刑事と、それを取り巻くイケメンの部下たち、アウトレイジの再来かと思うような迫力ある悪役の人たち、目を逸らさせない展開のストーリーと、アピールポイントをぎゅうぎゅうに詰め込んで、なかなか面白い作品に仕上がっていた。

姫川玲子(竹内結子)率いる警視庁捜査一課の姫川の管轄内で残忍な殺人事件が立て続けに起こる。暴力団の内部抗争による連続殺人との見方を強めた警察は、組対四課と捜査一課との合同特別捜査本部を設置する。暴力団がらみならウチに任せておけという態度の組対は何かと捜一とぶつかり、捜査会議中一触即発の空気が流れる。いっぽう、暴力団の内部抗争説に納得できない姫川にある日、犯人を「柳井健斗」(染谷将太)だと名指しするタレコミ電話がかかる。柳井を追おうとする姫川に、柳井健斗には触れるなという上層部からの命令が下る。憤った姫川は単独捜査に乗り出し、柳井を追ううちに「マキタ」(大沢たかお)という男と出会う。柳井は本当に犯人なのか、動機は何か、またマキタは何者なのか。事件の裏に隠された真実は?

雨をテーマにしているだけに、全編通してこれでもかというほどの雨の量。ほとんどすべてのシーンが雨。その雨脚と降りしきる音が、まるで音楽のようにシーンのシリアスさに呼応してピアニッシモあり、フォルティッシモあり、クレッシェンドありで多彩な魅力を見せる。どんなに雨が降ろうと、竹内結子のストレートヘアが湿度で広がることもなくサラサラなのはあり得ないだろうと心の中でツッコミながらも、シラけることなく最後まで興味が持続した。面白かったのはやはり人間模様である。捜査一課の面々が一番個性が光る。姫川に批判的な管理官の橋爪警視(渡辺いっけい)、姫川の天敵と言われる勝俣警部補(武田鉄矢)、それとなく姫川を擁護する日下警部補(遠藤憲一)、姫川のよき理解者に見える係長の今泉警部(高嶋政宏)、彼らを統率する冷静沈着な第一課課長の和田警視正(三浦友和)、それぞれのキャラクターが、ドラマをほとんど見ていない私にもよくわかるように描かれている。

暴力団の龍崎組のほうも、迫力ある役者さんが揃っている。組長・龍崎(石橋蓮司)、若頭・藤元(鶴見辰吾)、若頭補佐・牧田(大沢たかお)、牧田の右腕の構成員・川上(金子賢)は本当に安心して見ていられる。

ひとつ物足りなかったのは、肝心の姫川班だ。姫川の単独行動が多い設定だったせいもあるだろうが、竹内結子と並んでこの映画のウリであるはずの、姫川の片腕・菊田巡査部長(西島秀俊)がさほど魅力的に描かれていないのである。もったいないなという気がする。姫川班の葉山巡査長(小出恵介)、石倉巡査部長(宇梶剛士)、湯田巡査長(丸山隆平)に至っては、この事件で何を捜査していたのかわからないほど、存在感が薄い。あれだけの豪華キャストを全員同等に生かすのは確かに難しいだろうが、この映画は群像劇ではなく、あくまでも姫川ありきの作り方をしたものとみえる。

キャストでよかったと思ったのは、渡辺いっけいと三浦友和だ。渡辺は微妙にキャラクターを変えて様々な役柄のこなせる俳優さんだと常々感じているが、本作では、コミカルさを一切排して、神経質そうな橋爪像を巧みに演じていた。三浦はもはや定評のある俳優さんだから当然かも知れないが、友情出演というクレジットが意外なほど、存在感のある重要な役割を演じ、物語を締まったものにしていた。

スタイリッシュな刑事物という狙いにぴったり合致した竹内のスレンダーなスーツ姿、印象的な赤のバーキン。そして彼女を取り巻く豪華な俳優陣の顔を見ているだけで楽しい。それが本作の一番の魅力だろう。エンディングはいかにも、まだ続編はあり得ますよという含みを持たせたものに思えた。

(2013.2.5 ユナイテッド・シネマとしまえん にて)

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2013年02月02日

『鈴木先生』

監督:河合勇人
原作:武富健治「鈴木先生」(双葉社刊/アクション連載)
脚本:古沢良太
出演:長谷川博己、臼田あさ美、土屋太鳳、風間俊介、田畑智子、斉木しげる、でんでん、富田靖子、夕輝壽太、山中聡、赤堀雅秋、戸田昌宏、歌川椎子、澤山薫、窪田正孝、浜野謙太、北村匠海、未来穂香、西井幸人、藤原薫、小野花梨、桑代貴明、刈谷友依子、工藤綾乃、ほか
2013年

原作漫画は知らないし、テレビドラマも見ていないのだが、かなり評判がよいのと、現在NHK大河ドラマ「八重の桜」で注目度大の長谷川博己が主演ということで観に行ってきた。ストーリー、脚本構成、キャストのバランスがよく、サスペンス並みの盛り上げ方がうまく、見応えのある1本だったと思う。

中学の国語教師、鈴木先生(長谷川博己)は一見普通の教師だが、独自の鈴木式教育メソッドによって、実験的にクラスを向上させようと奮闘している。いっぽう、女生徒に妄想を抱いてしまう自分を抑えるのも必死だ。2学期になった学校は、生徒会選挙と文化祭準備で慌ただしくなる。選挙を巡って一部の生徒たちは学校に不信感を抱く。さらには、今の学校教育に恨みを抱く卒業生、勝野ユウジ(風間俊介)が学校に侵入し、鈴木先生の妄想の対象である生徒、小川蘇美を人質にとるという事件が勃発する。鈴木先生や教師たち、同級生たちはこれらの出来事に直面して、どのような行動を取るのか。

現場の常識を打ち破り、独自の<鈴木式教育メソッド>を駆使…とは、鈴木先生という教師像を説明する文言であるが、見ていてさほど特殊な教育理論とも思えないのである。つまりは、普通に考えれば普通の発想として必然的に出てくるはずの結論が、現実の教育現場ではどうやら異質のものらしいということにかえって愕然とする。鈴木先生は、子供たちの感情に訴えかける熱血教師とはまったく異なる。彼らの知性を揺さぶる働きかけを実践しようとするタイプだと感じる。だから、すでに「ものを考えること」が身についている生徒には、鈴木先生の指導法は理解されやすい。感情が先走る生徒には、最初はなかなか受け入れられない。それでも、先生はとことん生徒の可能性を信じて指導にあたる。休職から復帰した足子先生(富田靖子)を除き、学校の先生方はおおむね良好な人間関係を築いている。これは現実からするとおそらくやや理想的に過ぎるのかも知れない。先生同士の間でいじめがあったり、関係がギクシャクしている学校のほうが実際は多いだろう。

時間的制約のある映画の中では、生徒たちの成長をさほど綿密に描くわけにもいかないが、それでも納得できるストーリー運びだった。人質事件のほうはどうもピンと来なかったが、生徒会選挙のほうは非常にスリリングで、面白かった。人質事件については、事件を起こしたユウジが動機を語るシーンがあるが、あのように動機を語れる人間なら、こんな事件は起こさないだろうと思えるからである。現実の事件は、加害者が何も声を発しないまま、無差別に人を殺傷することが多い(報道からの印象だが)わけで、そちらのほうが遙かに不気味だ。ユウジはどこかで誰かに止めてもらいたかったのだろう。

長谷川博己は、これまで教師役を演じた数多くの俳優にはなかったタイプだ。というより、鈴木先生がそうなのだ。お世辞にもセンスが良いとは言えない服装で、あまり感情が外に出ない。それでも長谷川が演じると格好良く見え、黒縁眼鏡も腕組みもはまっているので、映画を(ドラマもそうだろうが)観たいと思わせてくれる主演俳優であることには間違いない。鈴木先生が柵によじ登るシーンが最高だった。あのポーズをどうするか、かなり長谷川は悩んだのではないかと想像する。チラシの写真に使ってしまうのはもったいない!

教師たちを実力のある俳優さんで固め、生徒たちはフレッシュな子たちを選んだというキャスティングは非常に的確に思える。ほかには、ほんのわずかの出演時間であるが、窪田正孝の役柄には「おお〜っ!」と驚いた。2012年大河ドラマ「平清盛」で、清盛の息子・重盛を演じたときとは180度異なる演技に、思わずニヤッとしてしまった。これは一見の価値があると思う。そして、富田靖子は2011年大河ドラマ「江〜姫たちの戦国〜」での怪演が印象に残っているが、本作でも突出していた。

(2013.1.31 池袋シネマ・ロサにて)

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