2013年03月28日

『ヒッチコック』試写会

監督:サーシャ・ガヴァシ
原作:スティーヴン・レベロ著「ヒッチコック&メイキング・オブ・サイコ」(白夜書房刊)
脚本:ジョン・J・マクロクリン
出演:アンソニー・ホプキンス、ヘレン・ミレン、スカーレット・ヨハンソン、ダニー・ヒューストン、トニ・コレット、ジェシカ・ビール、マイケル・スタールバーグ、ジェームズ・ダーシー、マイケル・ウインコット、リチャード・ポートナウ、カートウッド・スミス、ほか
原題:HITCHCOCK
2012年アメリカ

2日続けての試写会、昨日は『ヒッチコック』だった。言わずと知れたサスペンスの神様、アルフレッド・ヒッチコックと、代表作『サイコ』制作にまつわる実話である。アメリカ映画ではあるが、アンソニー・ホプキンス、ヘレン・ミレンというイギリス屈指の俳優を主演に配した作品になっている。

ストーリーは、ヒッチコック(アンソニー・ホプキンス)がこれまでにない新しいインパクトのある映画を撮りたいと、『サイコ』制作へ向けて動き出すところから、幾多の困難を経て、作品が大成功を収めるまでを描いている。そしてこの作品の大きなポイントは、ヒッチコックの妻アルマ・レヴィル(ヘレン・ミレン)の存在を前面に持ってきていることだ。優れた映画編集者であり、脚本家にして、ヒッチコックの長年の最高のパートナーであるアルマは、夫の名声と比べて脚光を浴びることの少なかった人だが、彼女がヒッチコックにとってどれだけ大切な存在だったかを、この作品では核に据えて、物語に広がりを持たせている。

『サイコ』制作現場が描かれることから、『サイコ』に出演した俳優を誰が演じるのかにも興味が湧く。ジャネット・リーを演じたスカーレット・ヨハンソンには大満足だ。元々スカーレットは好きな女優さんだが、時代物にも現代物にも、この作品のような50年〜60年代のものにも、不思議とフィットする雰囲気を持っている。とりわけ、ジャネット・リーと同じヘアスタイルがよく似合い、体つきも当時の女性らしい。アンソニー・パーキンス役のジェームズ・ダーシーは、雰囲気はパーキンスとよく似ているが、もっとハンサムだったのになあなどと思う。

話題のひとつであったアンソニー・ホプキンスの特殊メイクは確かに素晴らしいが、特殊メイクを施すと、どうしても顔の表情が画一的になるのが好きになれない。表情豊かなヘレン・ミレンと並ぶと不自然さが拭えないのだ。

『サイコ』当時の撮影風景が興味深かったので、これをもっと見たかったという気がする。私自身は『サイコ』を見たのはとうの昔で、それ以来散々解説や評価には接しているはずなのに、作品の背景をほとんど覚えていなかったため、時々出てくる殺人鬼が誰なのかピンと来なかったが、そういえば『サイコ』は実際の猟奇殺人事件を元にした映画だっことと思い出した。

脚本はうまくまとまっていて、99分という短めの上映時間とは思えないほど、様々な要素がたくさん詰まっている。テレビのヒッチコック劇場で散々耳にしたテーマミュージックが懐かしい。現代と事情の異なる厳しい映倫審査との駆け引きシーンが一番面白かった。

(2013.3.28 有楽町朝日ホールにて)

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『君と歩く世界』ジャパンプレミア試写会

監督・脚本:ジャック・オディアール
原作:クレイグ・デヴィッドソン「君と歩く世界」(集英社文庫)
共同脚本:トーマス・ビデガン
出演:マリオン・コティヤール、マティアス・スーナーツ、アルマン・ヴェルデュール、セリーヌ・サレット、コリンヌ・マシエロ、ブーリ・ランネール、ジャン=ミシェル・コレイア、ほか
原題:DE ROUILLE ET D'OS(英題:RUST AND BORN)
2012年フランス・ベルギー合作

舞台挨拶登壇者:ジャック・オディアール監督、マリオン・コティヤール

マリオン・コティヤールが舞台挨拶に来ると知って、会ってみたいなあと思い応募したが、まさか本当に当たるとは思わなかった。一般試写会だとなかなか当たらないのだが、先日の『舟を編む』の完成披露試写会といい、どうやら大物には当たる春らしい。

30分も予定時間を過ぎてから舞台挨拶が始まった。まず舞台にはMCとしてLiLiCoが登場したのでビックリ。こんなにメディア露出度の高い方がMCを担当なんて、宣伝は力を入れているなあと感じる。そして監督とマリオン・コティヤールが登場。足が長〜い!素敵なシルエットのドレスだなあと思っていたら、あとでネット情報でディオールのドレスだとわかる。ディオールの広告モデルも務めている彼女だが、ポーズをとると、本当にモデルさんのような身のこなしだ。LiLiCoがMCだと、もしかして直接英語でのインタビューかなと思っていたら、ちゃんと通訳つきでフランス語でのインタビューだったので嬉しい。

マリオンは6年ぶりの来日になるが「この季節に来ることができてとっても嬉しい」と話す。「なぜならちょうど桜が満開の時期で、素晴らしかった」と言っていた。「ただ、毎回来日のときは時間が短く、じっくり色々見られないのが残念」だとも。この作品のステファニーという役をオファーされたときのことを聞かれると、「脚本をいただいたときに、監督がこの役に私をと思ってくれたことに感動しました」と述べ、「ステファニーという大変強い女性を演じることができて、私は最高に幸せな女優です」と真摯に語る。おそらくとても気に入っている役なのだろう。

オディアール監督は気さくで、結構はにかみ屋さんかなという印象の方だ。マリオンとは「昔から、いつか彼女と私の二人のキャリアが交差することがあるだろうと思っていました」と言う。ありきたりの褒め言葉ではなく、マリオンに全幅の信頼を寄せているといった感じ。

二人とも撮影での困難はさほどなかったと言う。ステファニーが脚を失ったことに気づくシーンは、どのように演じようか迷ったが監督と相談して決めたとマリオンは言っていた。CGのことを聞かれた監督は、「マリオンが自分で脚をカットすることにOui(はい)と言ってくれていたら、もっとシンプルだったんですが」と笑いながら答える。

さらにサプライズ・ゲストとして中谷美紀が登場したのには驚いた。素敵な花束を監督とマリオンに贈った中谷は、そのまましばし壇上にとどまって話に加わる。フランス語のやりとりに、うんうんとうなずき、短い言葉ではあるが、自然なフランス語を話されていたので、へえ〜っと思う。中谷が映画に本当に魅了され、マリオンに「本当に素裸になって演じているのがわかった」と感動の言葉を述べると、マリオンは「同じ女優という職業の人にそう言っていただけて感激です」と、彼女も同じく感動した面持ちで感想を述べていた。Webでも報道されているように、いつか中谷がオディアール監督作品に参加するという期待に関してLiLiCoが水を向けると、監督は「いいですね」と答え、それに対し中谷が「約束ですよ!」とフランス語で。監督が「でも、出演料が高そうですよね」と続けると、中谷が「安くしておきます」と答えたのが可笑しかった。

* * * * *

さて肝心の映画であるが、チラシなどの宣伝文句にある「両脚を失った女性の驚くべき再生と希望の物語」という文面は、まったく的外れである。少なくとも、映画を観て何が見どころかと聞かれれば、ポイントはマリオンの相手役のマティアス・スーナーツ演じるアリという青年のほうなのである。

映画の原作である「君と歩く世界」(邦題)は短編集であり、本の解説を読むと、どうやら2つ以上の短編を合わせて映画化したように思える。「拳ひとつで生きていく男の光と影をあぶり出す」表題作や「事故で脚を失ったシャチの調教師を描く」作品などが含まれているので、このどちらの要素も映画に取り入れられていることになる。

また良い悪いは別として、原題と邦題のあまりの落差にもびっくりする。フランス題は“DE ROUILLE ET D'OS”(錆と骨)であるが、これは原作のフランス題“Un goût de rouille et d'os”(錆と骨の味)から来ている。「錆と骨の味」とは口の中に血が流れたときの味のことらしい。アリは賭けボクシングなどの格闘技で日銭を稼ぐ男なので、このタイトルはニュアンスがよくわかる。しかし邦題は「君と歩く世界」などという甘ったるいものになってしまった。宣伝として、名の通ったオスカー女優のマリオンを前面に持ってきたいという意図があるのはわかるが、宣伝の方向性が映画の内容とこうまでずれているのは、私としては受け入れがたい。映画が良かっただけになおさらだ。

舞台はフランスの地中海沿いの町アンティーブ。シングル・ファーザーのアリは、なかなか定職につけず食うや食わずの生活をしているが、あるとき拳で稼がないかと誘われ、賭け格闘(ボクシングなど何でもありの格闘技)を始める。ステファニーは水族館で働くシャチの調教師。偶然の事故で両脚の膝から下の切断という不幸に見舞われる。ふとしたきっかけで、この二人が出会い、ステファニーは身障者をまったく特別扱いしないアリに惹かれてゆく。心身共に傷を負ったステファニーと、人との本当の繋がりを知らない粗野な男アリとは、お互いを知ることで何を見出してゆくのか。

まったく説明的でない脚本がまず良かった。ステファニーが両脚を失うという衝撃的な事故については多くを描かず、容易に想像できる術後の彼女の絶望感や痛み、リハビリの辛さなどはほとんどといってよいほど語られないのだが、あるひとつの小道具と、ステファニーの涙のひとしずくに、万感の思いが込められているので、物足りなさはまったく感じない。それとは対照的に、執拗に描かれるのはアリの格闘場面だ。彼は格闘技が好きではあるが、殴り殴られ、口の中を切り、血まみれになりながらも、それを生きる証と思うまでには至らないどこか冷めた男である。不器用というのとも少し違う。「愛」というものを自分の中に育む環境にいなかったとでも言えようか。そういったアリを見つめるステファニーの顔には徐々に変化が見られるようになる。事故前から、恋人はいても、完全に男性に心を開くことのなかったステファニーが、言ってみれば自己から解き放たれていくように思える。

弱そうに見えて強い女。強そうに見えて弱い男。その2人が交錯するところに、化学変化が生まれると言ってもよいだろう。アリを演じたマティアス・スーナーツはベルギーの俳優さんだが、フランス映画には珍しいタイプの男性だと言えるだろう。逞しい肢体を持ち、格闘シーンのリアルさが倍加されるキャラクターだ。

主人公はアリのほうだが、マリオン・コティヤールもやっぱり素晴らしい。まったく飾ることなくステファニーを生々しく演じている。体当たりという言葉は好きではないが、中谷美紀が言ったように、まる裸になって演じているという印象なのだ。女の美しさもかっこ悪さもすべてさらけ出しているように見える。こんな生々しい役柄を演じられる女優さんが日本にいるだろうかと、またしても思う。

映像からは南仏の風が伝わってくる。横顔や後ろからの特徴あるカメラワークが綺麗。冒頭の揺れる映像はちょっと苦手だったが、全体的にとても味のある質感の映像だ。マリオンのうなじのあたりを背後から映し、逆光のなか風に髪の毛が揺れるさまは実に美しい。かと言って、決して感傷的な画作りにはなっていない。ステファニーのシャチ調教師としての身体の動きも素敵だ。この人は強いのだということが、その身振りから伝わってくる。飾らない登場人物たちと、虚飾を排した映像が好ましかった。

(2013.3.26 丸の内ピカデリー2にて)

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2013年03月17日

『愛、アムール』

監督・脚本:ミヒャエル・ハネケ
出演:ジャン=ルイ・トランティニャン、エマニュエル・リヴァ、イザベル・ユペール、アレクサンドル・タロー、ウィリアム・シメル、ラモン・アジール、リタ・ブランコ、キャロル・フランク、ディナラ・ドルカロヴァ、ローラン・カペルト、ジャン=ミシェル・モンロック、シュザンヌ・シュミット、ダミアン・ジュイユロ、ヴァリッド・アフキール
原題:AMOUR
2012年フランス/ドイツ/オーストリア

ぜひとも観なくてはと思っていた2012年のカンヌ国際映画祭でパルムドールに輝いた作品である。実際、掛け値なしに素晴らしい映画だった。観る人の立場によって、感じ方が様々であろうが、いたたまれないほど重くて重くて、エンドロールになっても、通常の映画と異なり、誰一人席を立とうともしないし、シーンとしたままで、ほとんど打ちのめされたと言ってもよい雰囲気が客席に漲っていた。けれどもこれほど美しい映画があるかとも感じた。シンプルな原題"AMOUR"(愛)以外に、この作品を語れる言葉はないだろう。

パリの古いアパルトマンに暮らすジョルジュ(ジャン=ルイ・トランティニャン)とアンヌ(エマニュエル・リヴァ)は、ともに音楽家の老夫婦。互いへの尊敬と愛情を保ち続け、アンヌの愛弟子のピアニストのコンサートを聴きに行ったり、二人で慎ましくも優雅な生活を送っている。いつもと変わらぬある日、アンヌが突然変調を来す。脳血管障害の予兆である。ジョルジュが病院嫌いのアンヌを説得して検査を受けさせ、手術をしたが、運悪く手術はうまくいかず、アンヌは右半身麻痺の身体になってしまう。もう二度と病院へは入れないで欲しいというアンヌの極めて強い要望に、ジョルジュは妻を自宅で介護する決心をする。車椅子生活になったものの、左半身は使え、論理的思考も出来るアンヌは、自分の身体の状態から目を背け、できるだけこれまで通りの生活を送ろうとする。しかし徐々にアンヌの状態は悪くなって行き、身体も精神も衰えてゆく。自分の状態を人目にさらしたくないアンヌは、実娘のエヴァ(イザベル・ユペール)にも会いたがらない。訪問看護師の助けを借りて、自分だけが妻の介護をすると心に誓ったジョルジュは、母の身を案ずるエヴァと衝突する。そしてジョルジュとアンヌは二人きりの世界へ籠もるようになる。

冒頭に結末が示されるが、どのような経緯でそこに至るのかが、この上なく丁寧に解き明かされてゆく。若い者には理解しえない高齢者の心の動きを、ひとつひとつ精緻に描いてゆく様は見応えがある。全編通して、おそらく98%くらいはアパルトマンの中だけで物語が推移してゆくが、一瞬たりともだれることがない。兎にも角にも、ジャン=ルイ・トランティニャンとエマニュエル・リヴァが、たとえようもなく見事だった。トランティニャンは、美しく聡明で才能豊かだった妻の変貌を目の当たりにしたジョルジュの深い絶望と、それを愛情でカバーしようともがき苦しむ心を説得力のある抑制された演技で見せていたし、リヴァは、誇り高いがゆえに自らの置かれた状況を受け入れられず、ちょっとしたことにも傷つき、やがては精神的混迷の中に陥ってしまうアンヌという人物を、理知的でありながら体当たりの演技で体現していた。あからさまな老いの状態を、あれほど演じられる女優が、日本にいるだろうか。樹木希林がいつか言っていた「こういう役(認知症の老女)を誰もやりたがらないから」という言葉を思い出す。

実際に介護を経験した人には、大変辛い内容だし、まもなく老いを迎える人には、あまりにも身につまされる物語で、万人向きとは言えないかも知れないが、こういう作品がパルムドールを受賞したということは、やっぱりカンヌだ!と感慨がある。老いても変わらぬ愛情を妻に持ち続け、愛情とともに人生の終焉を迎えたいと切望したジョルジュの心が突き刺さってくる。

(2013.3.16 ユナイテッド・シネマとしまえん にて)

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2013年03月09日

『マリーゴールド・ホテルで会いましょう』

監督:ジョン・マッデン
原作:デボラ・モガー「マリーゴールド・ホテルで会いましょう」(ハヤカワ文庫)
脚本:オル・パーカー
出演:ジュディ・デンチ、ビル・ナイ、ペネロープ・ウィルトン、デヴ・パテル、セリア・イムリー、ロナルド・ピックアップ、トム・ウィルキンソン、マギー・スミス、ほか
原題:The Best Exotic Marigold Hotel
2011年イギリス/アメリカ/アラブ首長国連邦

評価の高い作品だけれども、またシニアものか…という懸念も捨てきれずに観に行ったら、これは確かにとても面白かった。何よりも、実力派俳優が揃ったために、それぞれの登場人物に深みがあり、物語に奥行きがあった。

それぞれに事情を抱えた7人のイギリス人が、高級リゾート・ホテルで暮らすためにインドのジャイプールという町にやってくる。イヴリン(ジュディ・デンチ)は夫が多額の負債を残して亡くなったため家を売り、余生をインドで過ごすために。ダグラス(ビル・ナイ)とジーン(ペネロープ・ウィルトン)の夫婦は、イギリスで家を買うつもりが事情で資金が足りなくなって。ミュリエル(マギー・スミス)は、イギリスでは数ヶ月待ちと言われた股関節の手術を受けるために。ノーマン(ロナルド・ピックアップ)は異国での最期のロマンスを期待して。結婚・離婚を繰り返してきたマッジ(セリア・イムリー)は、金持ちの伴侶を見つけに。そしてグレアム(トム・ウィルキンソン)は、昔この地に住んでいたことがあり、当時の大切な人に会いに。ホテルに着いた7人を待っていたのは、高級リゾートという触れ込みとはまったくかけ離れた古びた改修途上のホテル。支配人ソニー(デヴ・パテル)は、お調子者で威勢だけは良い。解約しようにも、払い込んだ前金はどれだけ待ったら返ってくるかわからない経営状況。しぶしぶ7人は思い思いにこのホテルで暮らし始める。ところが、1か月半経ち、各人が町にも人にも慣れて来た頃に、突然ホテル閉鎖の問題が持ち上がる。7人はどう行動するのか?そしてホテルの命運は?

いってみれば、自分探しの物語なのだが、老境に入った人たちが、今ひとたび人生を輝かせるというテーマではないと思う。この7人が20代だろうと40代だろうと、同じように物語が成立する普遍性を持った作品だ。要は自分を見つめ直すきっかけが訪れた時に、そこから逃げてしまうか、一歩踏み出せるか(その差は紙一重のようにも思えるし、あいだに深い溝が刻まれているようにも思える)で、人は幸せになりうる、いや、幸せだと感じる心を持ちうるのだと我々に語りかけているかのようだ。この映画の登場人物の進み方は様々だ。自ら積極的に異郷に順応しようという積極性を持った人、嫌悪感を抱いてこの地に来たにもかかわらず、人に触れることによって優しい気持ちと誇りを取り戻す人、最後までこの地に馴染めず、イギリスに戻るが、自分の心の整理をつけることのできた人。どの人の生き方が良いとか、悪いとかいうのではない。人はそれぞれだが、自分に合った生き方が必ず見つかるものだと、人生を応援してくれているのかも知れない。

映像は色が綺麗。人混みのシーンになると、女性たちのサリーの色がなんともいえず美しい。

ジュディ・デンチは、さすがに良かった。何事も夫任せにしてきて、何も知らない専業主婦だったイヴリンが、インドで変化してゆく様子を、可愛らしく魅力的に演じている。一番インドに馴染めないジーンを演じるペネロープ・ウィルトンも素晴らしい。もちろん、セリア・イムリーもマギー・スミスも、それぞれの役柄をしっかりとらえていて、この大女優4人の共演は本当に見ものである。2008年の『スラムドッグ$ミリオネア』での主演で大注目されたデヴ・パテルは、ややはしゃぎすぎの感があり、違和感が残った。ソニーの恋人役であるスナイナを演じるテナ・デサエ(と読むのかどうかわからないが)が、モデル出身の方だそうだが、素晴らしいプロポーションと可愛い笑顔で魅力的だった。

くすっと笑えるところの多い映画だが、ミュリエルが最初にインドの食べ物を勧められた際に言ったひとことには大笑いしてしまった。

(2013.3.8 TOHOシネマズ シャンテにて)

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2013年03月05日

『ひまわりと子犬の7日間』試写会

監督・脚本:平松恵美子
原案:山下由美「奇跡の母子犬」(PHP研究所刊)
出演:堺雅人、中谷美紀、でんでん、若林正恭(オードリー)、吉行和子、夏八木勲、草村礼子、左時枝、近藤里沙、藤本哉汰、檀れい(友情出演)、小林稔侍、ほか
2013年

以前にも書いたかも知れないが、動物がテーマの映画はどうしても、泣かせようという意図が見える気がして苦手の部類である。ほとんど事前情報を得ず、堺雅人主演だから観てみようかなという程度の軽い気持ちで試写会に応募したところ、当たってしまった。これより前に行われた同作品の試写会に行った従姉妹からは、私向きではないかもと言われていたし、あまり興味を惹く作品ではないかなと思いつつ会場に向かった。ホールに入ると、主題歌がエンドレスで流れている。ファンの方には誠に申し訳ないが、私のもっとも嫌いなタイプの歌で、この時点ですでに意気消沈。どうもああいうフワフワしたノリの歌は肌に合わない。

そんな風に期待しないで観た作品だったが、意外に悪くはなかった。平松監督は、山田洋次監督の共同脚本・助監督を長年勤めてきた方だそうだ。ヒューマンドラマを描くのは得意とするところなのだろう。初監督とは思えないしっかり地に足の着いた作品に仕上がっていた。

不幸にも年老いた飼い主と別れることになり、野犬と化した1匹の母犬とその3匹の生後間もない子犬が保健所に収容される。収容された犬は、引き取り手が見つからない限り、7日間保護された後に殺処分される決まりだ。保健所職員の神崎彰司(堺雅人)は、一匹でも多くの犬を救おうと、里親探しに奔走する心優しい男だ。飼い主と別れて以来、人間から酷い仕打ちを受けたり辛い日々を送ってきた母犬は、子犬を守ろうとする強烈な母性本能から、人間には敵意をむき出しにする。人間に心を開かない犬では、里親探しの対象にもならず、刻一刻と命の期限が迫る。

人間の身勝手で捨てられた犬や、様々な事情で飼い主を失う犬は、全国で年間8万7千頭にも及ぶという。そしてそのうちの6割が殺処分になるそうだ。数が多いことは漠然と知っていたが、この数字にはあらためて驚かされる。そして、動物に対する深い愛情を持ちながらも、殺処分という仕事をしなければならない保健所職員さんたちの立場や思いも、ずしんと伝わってくる映画だ。とりわけ殺処分の施設が描かれたときには、何とも言えない暗い気持ちになった。一時は愛されて飼われていただろう犬たちが、あんな場所で最期を迎えるとは… 映画に描かれる母犬と子犬たちが、助かるか処分されるかの問題だけではない。その背後にいる何万頭もの犬たちの叫びが聞こえてくる。

ルールに則って粛々と部下に仕事をしてもらいたい保健所の上司、犬に対して興味がなく、やる気のない部下、ものわかりの良いベテランの先輩職員、父親の仕事の実情を知って反発する神崎の子供たち。どうも人間関係はステレオタイプで、ピンと来ない。けれども、母犬ひまわりを演じる柴犬の名演には脱帽だ。演じているという不自然さはまったくなく、表情豊かで、この犬を見ているだけで、この作品を観て良かったと思えた。

里親探しを積極的におこなっているNPOや、殺処分ゼロを目指して活動している団体も多い。ドイツでは犬猫の殺処分はゼロだという話も聞く。映画が契機となって、多くの動物が救われることを願ってやまない。家に帰って、喜んで飛びついていた愛犬の顔を見て、この子はどんなことがあっても一生手放さないと決意を新たにした。

試写会場はヤクルトホールだったが、映画の冒頭でヤクルト飲料が出てきて、「ヤクルト」という言葉も台詞にあった。エンドロールでは見逃してしまったが、「協力」に名前があったのかも知れない。そんな関係で、ヤクルトホールでの試写だったのだろうか。

(2013.3.4 ヤクルトホールにて)

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