2013年05月26日

『俺俺』

脚本・監督:三木聡
出演:亀梨和也、内田有紀、加瀬亮、キムラ緑子、高橋惠子、ふせえり、岩松了、森下能幸、佐津川愛美、松重豊、中谷竜、小林きな子、渋川清彦、少路勇介、岡野真也、町田マリー、松尾スズキ、ほか
英題:IT'S ME, IT'S ME
2012年

主演の亀梨和也については、ドラマも見たことがないので、私にとっては未知数だったが、三木聡監督の4年振りの映画だし、テーマも面白そうなので楽しみにしていて、公開初日に早速行って来た。予想よりずっとシリアスな部分が多くて、一番の見どころと言われている亀梨のひとり三十三役という面がさほどインパクトがなかったように思えた。

28歳の永野均(亀梨和也)は家電量販店に勤め、平凡な毎日を送っている普通の青年。上司のタジマ(加瀬亮)にしじゅう嫌みを言われ、周りは変な同僚ばかりだが、それで特にストレスを感じているわけでもない。家族や周囲との人間関係が面倒になってきたおり、均は偶然他人の携帯電話を手に入れてしまい、成り行きでオレオレ詐欺をしてしまう。それからというもの、均の周囲には奇妙なことが起こる。母親は均を息子と認めなくなるし、スーツ姿のクールな“俺”、大樹が母親の家にいる。そしてさらにもうひとりの“俺”、お調子者の大学生ナオがあらわれる。三人は意気投合し、他人の干渉なしに“俺”だけで暮らす快適さを謳歌する。やがて“俺”が増殖し始め、気の合う“俺”ばかりではないことに均は気づく。やがて増えすぎた“俺”が削除されるという事態に発展してゆく。

均、大樹、ナオの三人の“俺”が意気投合するあたりが一番面白かった。三人の異なるキャラクターを亀梨は的確に演じ分けているし、合成するための別撮りの三人のタイミングの見事さには感服する。ナオはちょっと成宮寛貴を思わせるキャラクターで意外性がある。亀梨は少しネクラ風な印象があるので、こういう明るい役はなかなかよい。

例によって、本筋とは別のコミカルワールドも健在だ。こうまでデフォルメされた加瀬亮を見ると、あっぱれとしか言いようがない。岩松了、松重豊、松尾スズキといった常連のたいへん贅沢な使い方にもびっくり。松尾スズキに至っては、エンドクレジットを見るまで誰だかわからなかった。

シリアスな“俺”たちと、コミカルな家電量販店の人たちとの間を繋ぐような位置にいるのが女優陣だ。均に肩入れする店の客サヤカ(内田有紀)、均の母親マサイ(キムラ緑子)、均を息子だと思い込む大樹の母親(高橋惠子)、かなり普通だがちょっとだけ変なこの人たちが良いスパイスになっている。

やっぱり三木ワールドは一度観ただけではわからない。“俺”のテーマのほうはよくわかるが、脈絡があるのかないのか判然としない周辺の諸々がどうも曲者だ。三木監督だから、仕掛けがあるだろうという目でどうしても見てしまうが、まずはシリアスな面に気を取られて、周囲の観察が疎かになってしまった。すなわち未消化の部分が多いということだ。かと言って、もう一度観たいかと聞かれれば、うーん…微妙なところだ。

(2013.5.25 ワーナー・マイカル・シネマズ板橋にて)

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以下ネタバレあり
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2013年05月18日

『体脂肪計タニタの社員食堂』試写会

監督:李闘士男
脚本:田中大祐
原作:「体脂肪計タニタの社員食堂」田中大祐著(角川書店刊)、「体脂肪計タニタの社員食堂〜500kcalのまんぷく定職〜」タニタ著(大和書房刊)
出演:優香、浜野謙太、草刈正雄、宮崎吐夢、小林きな子、草野イニ、渡会久美子、藤本静、壇蜜、駒木根隆介、酒向芳、ほか
2013年

tanita1.jpg今話題のタニタの社員食堂の裏話は面白そうだと思い、試写会に行って来た。会場となった丸ビルの1階では、映画公開に合わせてブースが出来ており、特殊メイクの実物を展示したり、グッズを販売したりしていた。パネルなどを眺めていたら、何か袋を手渡されたので後で見てみると、映画のチラシなどのほか、タニタ食堂のカップ味噌汁が入っていた。

tanita2.jpg大変珍しいことだが、試写会は開場を待っている間に係の方が試写状の確認を済ませたので、試写状を受付で渡す必要がなく、手元に残すことができた。せっかく試写会に行っても、いつも試写状は回収されてしまい、つまらないなあと常々思っていたので、これは嬉しかった。

タニタの副社長・谷田幸之助(浜野謙太)は、社長(草刈正雄)の息子。やり手でスマートな父親とは正反対の肥満体。何事にも身が入らず、事なかれ主義で、積極性のかけらもない青年だ。新商品の体脂肪計の発表に向けて社内はピリピリしているのだが、そんな折り、社長が体調を崩して入院してしまう。新商品発表会のプランを任された幸之助は、社員自らダイエットをして、経過を会社のサイトに載せるというキャンペーンを思いつき、高校時代の友人で、昔は太っていた栄養士の菜々子(優香)を、自社の社員食堂に雇い入れる。社員食堂で出されるヘルシーな食事を味方に、幸之助をはじめとして、体脂肪率40%以上の社員がダイエットに励むことになる。しかし彼らのモチベーションは高くなく、次々に問題が持ち上がる。果たしてダイエットは成功するのか?新商品発表会はどうなるのか?

せっかく面白い題材なのに、優香が可愛かった以外に、なんの面白味もない作品だった。個人的な好みが大きくこの感想に影響しているのだが、幸之助のキャラクターが、私が最も嫌いなタイプの人間で、これを見ているのがまず苦痛だった。自分の考えというものがなく、怒られても傷つくまいとする自己防衛本能からなのか、へらへら笑っているだけで、落ち込んだ様子も見せない。自分の限界を最初から決めてしまっていて、努力をしようとしない。こういう若者が現実に多いだけに笑えない。また、かなり力を入れた肥満のための特殊メイクがちっとも効果的ではないと思える。そもそも私は、顔の作りを変えてしまうほどの特殊メイクには懐疑的な立場だ。どんなに技術が進んでも、表情の動きが少なくなってしまい違和感があるのだ。優香の場合は、あまりにも特殊メイクで太らせたために、むしろ本人だとわからないほど。主演の優香は仕方ないが、その他の肥満社員は、せっかくなら、本当に太めの俳優さんを使って、実際にダイエットさせるくらいのことをやってほしかったと思う。

よかったのは、菜々子が食事を作るシーン。優香は本当に楽しそうに食事を作る。あの笑顔を見ていると、これだけ楽しそうに作ってくれた食事はさぞかし美味しいだろうと思える。メリハリの効いた演技も好ましかった。

食堂のパートさん二人、光子(渡会久美子)と信子(藤本静)はとてもよかった。菜々子との人間関係が楽しめる。それと比べて、ダイエットに参加する3人(幸之助以外)は、それぞれ異なるダイエットの目的を描いてはいるものの、一人一人の仕事内容がよくわからなかったし、個人的エピソードもさほど面白くない。仕掛けられた笑いの要素が皮相的で、コメディーなのに、声を出して笑えそうなシーンがないのだ。ただし、福原役の小林きな子の転びっぷりは見事!

肥満が身体に与える悪影響についてあまり正面から取り上げていないのは、太った観客を考慮してのことだろうか。肥満が重大な問題をはらんでいることを示唆するシーンがあるのだが、掘り下げることなくサラッとかわしてしまっている。

そしてとどめは主題歌。音楽ほど好みが分かれるものもないと思うが、私は矢野顕子の歌声は昔から苦手なのである。ヘルシーで美味しそうな食事がテーマなのに、最後にあの声は本当に気持ちが悪くなった(ファンの方、ごめんなさい!)。もうちょっと癖のない声の持ち主が主題歌を担当したほうがよかったのではないかと感じた。

(2013.5.15 丸ビルホールにて)

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2013年05月06日

『海と大陸』

脚本・監督:エマヌエーレ・クリアレーゼ
脚本:ヴィットリオ・モローニ
出演:フィリッポ・プチッロ、ドナテッラ・フィノッキアーロ、ミンモ・クティッキオ、ジュゼッペ・フィオレッロ、ティムニット・T、ほか
原題:TERRAFERMA
2011年イタリア、フランス

第68回ヴェネチア国際映画祭(2011年)で審査員特別賞を獲得した作品。地中海の光をいっぱいに受けたボートに、バカンス客が鈴なりになっているチラシを見たときから観たいと思っていたが、ようやく観に行くことが出来た。チラシのデザインはもう一種類あり、そのボートからバカンス客たちが海に飛びこむ瞬間を写した写真が使われており、こちらがメインポスターと同じデザインだ。この写真は実に見事な瞬間をとらえているが、それは映画のテーマとはちょうど光と影をなしていることが、鑑賞後にわかった。

舞台は地中海の、小さな島リノーサ(リノザ)。イタリア本土から遠く離れ、シチリア島とチュニジアのちょうど中間あたりに位置している。この地理的条件が物語にとっては重要なポイントだ。プチッロ一家は、20歳のフィリッポ(フィリッポ・プチッロ)、漁師の祖父エルネスト(ミンモ・クティッキオ)、母ジュリエッタ(ドナテッラ・フィノッキアーロ)との3人暮らし。昔は豊かな漁場だった島も、時代の変遷により、魚が獲れなくなり、人々の生活も変貌してきている。島を出る者あり、観光業で稼ぐ者ありの中で、エルネスト老人は頑なに昔ながらの漁を続けており、暮らしはひどく苦しい。ジュリエッタは息子を島から出して、新たな世界で生きて行って欲しいと願っているが、フィリッポは亡父の残してくれた船を捨てる気はなく、祖父とともに漁に出る毎日だ。バカンスシーズンを迎え、家計の足しにと、ジュリエッタは自宅を民宿に模様替えし、観光客を迎える。ところがある日、祖父とフィリッポが漁に出ていたとき、アフリカ難民を乗せたボートに出会う。難民に手を貸してはいけないという警察からのお達しがあるにもかかわらず、海の掟で、溺れる人を見殺しになどできないと、エルネストは転覆したボートから海に投げ出された数名を助ける。難民のうち母子を家にかくまうことに決めたエルネストに、ジュリエッタは猛反発するが、次第に必死に生きようとする母子と心を通わせるようになる。夫が働くトリノが最終目的地だという母子に対し、一家はある行動に出る。

何作も島や海を撮ってきた監督だけあって、本当に海の表情を知り尽くしていると感じる映像だ。穏やかだという先入観のある地中海も、こんなに撮り方によって様々な顔付きがあるのかと驚く。そして地中海の持つ光と影の部分が、物語にぴったり寄り添っている。観光客にとっては光あふれる楽しく陽気な海。アフリカ難民にとっては、これを越えるか越えないかに生死がかかっている運命の海。映像的にもストーリー的にも、そのコントラストが際だっていて見事だ。私はイタリア語はほんの少しわかるが、冒頭からまったく台詞が聞き取れないと思っていたら、ジュリエッタがフィリッポを「あんたは標準語を全然話さない」となじる場面があり、ああやっぱり相当の島訛りなのだ納得する。観光業で稼いでいる叔父の気取った(と聞こえる)標準語と比べてみると、フィリッポの訛りは、島と昔ながらの暮らしに愛着を持っていることの証なのだろう。

ストーリー運びには陳腐さがなく、非常に好ましかった。ジュリエッタと難民のサラ(ティムニット・T)とが心を通わせるようになるのも、情にほだされるといったありきたりの展開ではなく、ジュリエッタの怒り・とまどい・焦燥をしっかり描いたのちに、最後の最後に本能からほとばしり出たような人間性の温もりを垣間見せていて、秀逸だと思った。またフィリッポも決して単純な一途な青年なのではなく、島に愛着を持ちながらも、カッコいいバイクには夢中になるし、女の子にも人並みに興味がある普通の男の子として描かれる。彼の難民に対する感情も波のように揺れ動く。さらに、監督の非凡さを感じるのは、難民の描き方だ。なぜ彼らが故国を逃げ出すことになったか、その経緯ははっきり語られないが、難民と聞いて想像するような哀れさを前面に出していないのだ。むしろ彼らがイタリア人の船に向かって泳いでくるその力強さは、生への執着を恐ろしいまでにはらんでいて圧倒される。

重いテーマが含まれているが、ちょっと笑える場面も慎ましく配されていて、実に素敵な映画だった。エンディングのカメラと、バックに流れるフランス語の歌がとてもマッチしていたと感じる。

(2013.5.5 岩波ホールにて)

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2013年05月03日

『インポッシブル』試写会

監督:J・A・バヨナ
脚本:セルヒオ・G・サンチェス
出演:ナオミ・ワッツ、ユアン・マクレガー、トム・ホランド、ジェラルディン・チャップリン、サミュエル・ジョスリン、オークリー・ペンダーガスト、ほか
原題:THE IMPOSSIBLE
2012年スペイン・アメリカ

2004年のスマトラ島沖地震の際の奇跡のような体験談を映画化した作品である。ナオミ・ワッツの演技が高い評価を受けていることから、観てみたいと思っていた。津波の再現映像が含まれていることから、配給元はかなりの神経を使っている。映画のチラシには「本作品には津波の再現シーンがあります」と記載されているし、上映前に配給会社のスタッフが登壇し、3.11の津波被害のことに触れ、まだ2年しか経っていない今、配給会社としても果たしてこの作品を日本で上映してよいものかとても不安だったが、昨年の東京国際映画祭で今作が上映された折に、観客たちから高評価を得たことが後押しとなって公開に踏み切った経緯があるとの説明があった。

impossible.jpg2004年の12月、クリスマス休暇をタイで過ごそうと、マリア(ナオミ・ワッツ)とヘンリー(ユアン・マクレガー)夫妻が3人の息子を連れてやってくる。クリスマスの翌日、ビーチやプールで思い思いに楽しんでいたバカンス客を突然の津波が襲う。マリアは激しい流れにもまれ、押し流される瓦礫が容赦なくぶつかってきて大怪我をするが、奇跡的に長男ルーカス(トム・ホランド)とともに倒れていない大木によじ登って一命を取り留める。やがて地元民により助け出されるが、夫と幼いトマスとサイモンの行方はわからない。マリアは病院に運ばれるが、怪我人であふれかえった戦場のような病院で、なかなか治療を受けられない。怪我の状態は思わしくなく、容態は悪くなるばかり。果たして家族の運命はどうなるのだろうか。

映画としては、確かに非常によい出来だと思う。とくに大惨事の前の映像は実に美しい。そしてナオミ・ワッツの熱演は感動的でもあるが、特筆すべきは3人の息子たちだ。ルーカスを演じたトム・ホランド、撮影時は14、15歳だったはずだが、この年齢でこれほど役柄をきちんと把握して演じられるとは驚異的だ。"Scared"(怖い)という台詞が映画の中では頻繁に出てくるが、どの子も、襲ってきた天災の怖さ、親と離れてしまうのではないかという怖さ、その恐怖心を身体いっぱいにみなぎらせている。幼い二人の弟たちに関しては、もう演技とさえ思えない。何が彼らをああもカメラの前で自然にふるまわせるのか。

印象的な台詞がもうひとつある。「何か楽しいことを考えて」だ。眠れない子供をマリアが寝かしつけるときの言葉でもあり、病院で不安におののくマリアに看護師が優しくかける言葉でもある。

海岸を襲う津波の映像は、2004年当時散々報道された映像とほぼ同じに思える。しかし、濁流にマリアたちがもまれる映像は、当然のことながら大がかりな仕掛けで撮影されたもので、その規模と迫力には圧倒される。実際に3.11の津波を体験した方々は、果たしてこの映像を正視できるだろうかと、やはり疑問に思った。

いかに映画として良くできていても、私の個人的な感想としては、これをひとつの映画作品として客観的に観ることは出来なかった。東京にいて、実際に津波を経験していない私であるから、津波のシーンがどうのこうのというわけではない。ひとつひとつのエピソード、シーンに関して、東北だったらこうだったに違いないとか、東北の混乱はこんなものではなかったろうとか、いちいち頭の中で比べてしまう自分がいるのだ。例えば、スマトラ島沖地震での津波が襲った地域は、東北沿岸の壊滅した町々と比べれば、人口密度が低いし、破壊され波にさらわれた家屋など瓦礫の量も比較にならないと思う。そんなことを比較して、日本のほうが災害としてより深刻だったなどと言うつもりはないが(どんな災害にしろ、人の命が奪われる事象に重大性の差異があるわけではないのだから)、ある家族の奇跡の物語、愛と勇気の物語として客観的に作品を鑑賞できる精神状態にならないのも事実なのだ。実話を元としていると言っても、実際に津波被害を受けた国の製作ではないからこそ、作ることのできた映画なのだろうと思う。

やはりスマトラ沖地震をテーマにしたクリント・イーストウッド監督作品『ヒア アフター』は、もっと心に沁みる作品だったと思うのだが(感想はこちら)あれは3.11の前だから、そう思ったのだろうか。『ヒア アフター』は東日本大震災のために、不幸にも公開中止になってしまった作品だが、もう一度観てみたい。

(2013.5.1 なかのZERO大ホールにて)

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