2013年09月29日

『そして父になる』

監督・脚本・編集:是枝裕和
参考文献:奥野修司著「ねじれた絆―赤ちゃん取り違え事件の十七年」(文春文庫刊)
出演:福山雅治、尾野真千子、真木よう子、リリー・フランキー、二宮慶太、黄升R(ファン ショウゲン)、中村ゆり、高橋和也、田中哲司、井浦新、風吹ジュン、國村隼、樹木希林、夏八木勲、ほか
英題:LIKE FATHER, LIKE SON
2013年

本当に公開を楽しみにしていた作品である。第66回カンヌ国際映画祭でも、審査員賞という大きな賞に輝いたのだから、優れた作品であることは間違いないと思っていた。大方の高評価を否定するつもりはないが、私の感想では、是枝作品としてはウ〜ン…と、やや期待はずれだったのが正直なところである。

野々宮良多(福山雅治)は大手建設会社に勤めるエリートサラリーマン。妻みどり(尾野真千子)と6歳になる一人息子の慶太(二宮慶太)と都内の高級マンションに暮らしているが、仕事の忙しさのあまり、家庭を顧みる余裕があまりない。ある日、みどりが出産した病院から電話があり、6年前に赤ちゃんの取り違えがあり、慶太は二人の実子ではないと告げられる。ショックを受けながらも、相手の家族との交流が始まる。近県で小さな電器店を営む斎木雄大(リリー・フランキー)とゆかり(真木よう子)夫婦には、良多とみどりの実子である琉晴(黄升R)を長男として、3人の子がいる。生活レベルも子供の教育方針も異なる斎木家に違和感を覚える良多。子供が取り違えられた場合、前例では100%交換という選択肢を両親は選ぶと聞かされ、悩む2組の家族。良多は血の繋がりを重視し、交換を決心するが…。

全編を通じて流れるピアノの旋律のように、静かな映画だ。テーマは良多が本当の父性に目覚めるというものだけに、丁寧な心理描写が続く。良多は、確かにエリートではあるが、自分の内面を見据えたことのない男に見える。だから、親から「血が大切」と言われれば、それに傾き、上司から「両方とも引き取っちゃえ」と言われれば、それに傾く。父になり切れていない以前に、大人になり切れていない人間に見える。一方、斎木雄大のほうは、学はないかも知れないが、しっかりと自分がわかっている人物だ。こういう対比は、妻同士、子供同士にも顕著だ。2家族のそういったコントラストが映画の持ち味だろうとは思うのだが、ややステレオタイプ過ぎて、自然さが損なわれているように思えた。とにかく、野々宮家が素敵な家族に見えない。親対子だけでなく夫婦のあり方も(とくに、みどりの優柔不断な人間性)。野々宮家にちっとも親近感が湧かないために、この夫婦の苦悩が伝わらないのだ。それに引き換え、斎木家のほうは溌剌としていて、大変好感が持てた。リリー・フランキーも真木よう子も、さすがの演技である。とりわけ、真木よう子が肝っ玉母さんのような存在をこれほど的確に演じるのを見て感激した。

愚考するに、この物語は2組の夫婦と子供の話にとどめておくべきだったのではないかと思う。エンディング近くの、良多とその親との話が余計に思え、この挿話が全体をわざとらしい印象にさせてしまったような気がした。

夏八木勲の病を感じさせない存在感も光っていた。

(2013.9.28 ユナイテッド・シネマとしまえんにて)

映画公式サイト以下ネタバレあり
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2013年09月22日

『ランナウェイ/逃亡者』試写会

監督・製作:ロバート・レッドフォード
原作:ニール・ゴードン著「ランナウェイ/逃亡者」(ハヤカワ文庫刊)
出演:ロバート・レッドフォード、シャイア・ラブーフ、ジュリー・クリスティ、スーザン・サランドン、ニック・ノルティ、クリス・クーパー、テレンス・ハワード、リチャード・ジェンキンス、スタンリー・トゥッチ、アナ・ケンドリック、ジャッキー・エヴァンコ、ブリット・マーリング、ほか
原題:The Comapny You Keep
2012年アメリカ

錚々たるキャストが名前を連ねる作品なので、試写会に応募したものの、邦題の陳腐さ(ランナウェイと聞くと、どうしても歌のタイトルを思い出してしまうし、逃亡者も昔の映画のタイトルだし)のために、あまり内容には期待していなかった。ところが、これが大変面白い…いや、面白いというのはちょっと違う…ひたひたと心に迫ってくる見応えのある作品だった。派手な銃撃戦やカーチェイスや暴力も何もないが、真相に迫ってゆくストーリー展開の面白さに、これは上級のサスペンスだと思えた。

1969年のアメリカ、国民の望まないベトナム戦争に邁進する政府に抗議するため、過激派グループが連続爆破テロをおこなった。このグループ“ウェザーマン”のメンバーたちはFBIの最重要指名手配リストに載るが、忽然と姿を消した。30年経って突然メンバーのひとりシャロン・ソラーズ(スーザン・サランドン)が逮捕される。新聞記者のベン(シャイア・ラブーフ)は再び注目されたこの問題を取材するうちに、ある男にたどり着く。それは善良な市民・弁護士として、静かに一人娘と暮らすジム・グラント(ロバート・レッドフォード)という人物だ。ジムは、ベンとFBIの双方から追われることになる。愛する11歳の娘イザベル(ジャッキー・エヴァンコ)を実弟のダニエル(クリス・クーパー)に預けてまで、なぜジムは逃げ、何をしようとするのか。30年間守り続けた彼の秘密とは何か。

ベトナム反戦運動の時代を知らない人には、60年代70年代の世相がピンと来ないかも知れない。しかし、当時過激派グループにとって正義が何であったかについては、現役の新聞記者ベンにもよくわかっていない。むしろ、それにほとんど関心がない。彼は単にFBIが血眼になって行方を追い続けている爆破テロの犯人たちをつきとめたという興奮と、特ダネをものにしたい野心とでジムに接触する。その彼も、ジムが守ってきた秘密に触れたとき、自分の中に何か違うものが生まれたことを自覚する。そのベンの心境の変化を、シャイア・ラブーフは実に自然に演じている。オーバーでなく、陳腐でなく、その瞳にたたえられたニュアンスの微妙な変化が素晴らしい。

ロバート・レッドフォードについては、若かりし時代の美男俳優の印象があまりに強いため、年取ったなあというのが第一印象で、ジム役には少々年を取りすぎかなという気がする。ただし、監督としてのレッドフォードはやはり素晴らしいと思う。これだけの豪華キャストをひとりひとり丁寧に描いて過不足がない。この映画では、キャストそれぞれが非常に印象的で、さすが名優たちを揃えただけのことはあると、感嘆するばかりだが、私が一番良かったと思うのは、スーザン・サランドンだ。拘留中ということで、ただ椅子に座って、面会者と喋るシーンだけなのだが、その表情を見ていると胸に迫ってくるものがある。ミミ・ルーリーを演じるジュリー・クリスティは、未だに美しく素敵だった。ジムの弟役を演じるクリス・クーパーもカッコ良くて注目したし、日本の公式サイトには名前のないサム・エリオットも個性的でよかった。

似ても似つかない邦題になってしまっているが、原題の"The Company You Keep"は「今も大事にしている仲間」といった意味だろうか。このcompanyが集合的に複数の人たちを指しているのか、特定の個人を指しているのかは微妙なところが、私は前者かなと思っている。

(2013.9.20 なかのZERO大ホールにて)

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2013年09月10日

『許されざる者』試写会

監督:李相日
原作:「許されざる者」(ワーナー・ブラザースピクチャーズ製作)
   デイヴィッド・ウェブ・ピープルズ著
アダプテーション脚本:李相日
出演:渡辺謙、柄本明、柳楽優弥、忽那汐里、小池栄子、近藤芳正/國村隼、滝藤賢一、小澤征悦、三浦貴大、佐藤浩市、ほか
2013年

あらためて言うまでもないが、1993年公開クリント・イーストウッドが監督・主演を務め、アカデミー賞何部門にも輝いた作品のリメイクである。李相日が監督するということと、渡辺謙・柄本明・佐藤浩市という主演メンバーの名前とで、これは観なくてはと思っていたら、幸い試写会に当選し、一足先に昨日観て来た。予想を遙かに上回るド迫力の映像に圧倒されっぱなし。試写会場はかなりスクリーンの大きい会場だったが、比較的前の方に座った私は、スクリーンいっぱいに広がるスペクタクルに、思わずのけぞるような感覚を何回も覚えた。これは出来うるかぎり大きいスクリーンで観るべき映画だと思った。

舞台は1880年(明治13年)の北海道。維新後のまだ混沌とした時代である。かつて旧幕府軍の侍として“人斬り十兵衛”と呼ばれ恐れられた釜田十兵衛(渡辺謙)は、愛する妻と出会ったことで生き方を変え、二度と刀は抜かないと妻に誓った。しかし、その妻は亡くなり、幼い子供たちを抱えて不毛の地で食うや食わずの生活するうちに、十兵衛は生きる意味を見いだせなくなっていた。そんなある日、昔の仲間・馬場金吾(柄本明)が十兵衛を探し当て、賞金首の話に一枚かんでくれと頼んでくる。鷲路の町で、客を怒らせたために顔をズタズタに切り裂かれた女郎のために、女郎仲間が金を出し合って仇をとってほしいと望んでいるのだ。町には大石一蔵(佐藤浩市)という残虐な町長兼警察署長がいて、切り裂き犯を捕らえようともせず、取引をして旨い汁を吸い、賞金稼ぎにやってきた連中を残虐な方法で追い払っている。最初は断った十兵衛だったが、子供たちにもっと良い暮らしをさせてやりたい一心で、来てくれるだけでいいという金吾の言葉に乗った。町を目指す途中、北海道の地理に詳しいアイヌ出身の若者・沢田五郎(柳楽優弥)に出会い、3人で賞金首を探すことになる。最後の最後まで、十兵衛は刀は抜かないつもりだったが…

舞台を北海道にし、時代を明治維新後にしたことが、最大のポイントだったと思う。北海道の雄大さと、一種の無国籍性がなければ、現代において「許されざる者」のリメイクなど不可能だったに違いない。原作を越えようという意気込みがもしあったとしたなら(あれだけの名作を前に、誰もそんな不遜なことは言っていないが、内心そう思っていた人もいるはず)尚更だ。凍てつく北の大地というロケーションが、人間たちの欲望や怨念や悔悟の念や愛情や、本能やあらゆる感情を極限まで高めている。そのために、描かれる暴力シーンも生半可なものではない。佐藤浩市がこれほど悪逆非道振りを見せるのも久しぶりだ。しかし大石の言葉は彼なりの哲学に裏打ちされたものであり、登場人物のひとりひとりを容易に善悪に振り分けることはできない。どの人間についても、この人は維新前はどういう人間だったのだろう、ここに至るにはどれだけの辛酸を舐めて来たのかと、想像を巡らしたくなる。それは女郎たちに関しても同様だ。喜んで女郎になる女などいない。家族のためか、自分が生きるためか、他に選択の余地がなかったために身を落としたのだろうと思わせる。つまりは人物描写に厚みがあるということだ。

衣装が見事で、作品全体のトーンを決める大きな役割を果たしていると思える。和装・洋装・折衷装、さらには地域特性を生かしたアイヌの服装など、無国籍性を出しても違和感がないのは時代背景のせいだ。衣装の汚れやすり切れた感じが素晴らしいし、着こなしにも相当神経を使っていると特に感じさせるのは女郎たちである。彼女たちが並んだスチールを見ると、その時代の女たちの本物の写真のようだ。

そして、映画で描かれることの少ないアイヌの話も興味を惹かれた点のひとつだ。私は北海道に住んでいたことがあるので、一般の人よりはアイヌについて多くのことを聞いている。あの独自文化を育んでいた人々が和人によってどれだけ迫害されたかは、この描き方でも物足りないと思うが、アイヌ語をちゃんと使ったことは非常によかったと思う。

印象に残った俳優は、小澤征悦と小池栄子である。小澤は女郎を切り刻んだ張本人である佐之助を演じるが、単なる粗暴な荒くれというだけでなく、維新により自分の居場所が見いだせなくなり、自暴自棄になっている男の悲しさも見せてくれる。小池のあっぱれな女郎ぶりは、よくここまで…と思うようなあるシーンに象徴されていた。

北海道の大自然の厳しさ美しさと人間模様とを見事に融合させた李相日監督の手腕にあらためて感服した作品だった。

(2013.9.9 ヤクルトホールにて)

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2013年09月09日

『共喰い』

監督:青山真治
原作:田中慎弥「共喰い」(集英社文庫刊)
脚本:荒井晴彦
出演:菅田将暉、木下美咲、篠原友希子、光石研/田中裕子、ほか
英題:THE BACKWATER
2013年

青山監督の2年ぶりの新作。第146回芥川賞受賞作品の映画化であり、新進の若手俳優を主役に起用したことから、早い段階で観たいと思わせてくれた作品だ。原作は未読なので、100%映画だけの感想になるが、『サッド ヴァケイション』と等質な空気を感じさせ、前作の『東京公園』があっさりしていたのとは対照的に、じっとりした地域性が全編に漂う作品だった。

昭和の最後の年、下関に住む17歳の遠馬(菅田将暉)は、父・円(=まどか)(光石研)とその若い愛人とともに暮らしている。父は行為の最中に女を殴ることで快楽を得る性癖があり、実の母・仁子(田中裕子)はそんな夫に愛想をつかし、ひとり家を出て魚屋を営んでいる。仁子は戦争で左手を亡くしていて、魚をさばきやすいように工夫された特殊な義手をつけている。遠馬は、父の性癖に嫌悪感を抱いていたが、幼馴染みの千種(木下美咲)とセックスを重ねるうちに、自分にも父と同じ血が流れていることに気づいてしまう。

物語の構造となっているのは、思春期の抗いようのない性の衝動を抱えて生きる男子高校生の、モノローグによる一夏の回想だ。男の欲望を描いているように見えて、実のところ強く感じるのは女の不気味さだ。登場するどの女も、男の暴力を肯定こそしないが、それを含めて「男ってどうしようもないものだ」と達観し、どっしりと男を包み込んでしまうような印象がある。だから、あからさまな行為のシーンが多く描かれても、エロティックではなく、農耕文化に根ざした(物語は海の町であっても)豊穣神の泥臭い祝祭のように見えてくる。忌まわしい欲望を描いていても、意外に全体が重苦しくないのはそのせいだろう。むしろ男が滑稽で哀れに感じられる。遠馬の回想が光石研の声で語られるのに、やや違和感がある。父の血が息子に流れているということを表したかったのだろうか、菅田ではナレーションをするほどの力はないからだろうか。

田中裕子の存在は圧倒的だ。彼女がいることで、物語の厚みが何倍にもなるかのようだ。光石研も実力通りの自在な演技で迫力満点。主演の菅田将暉は、テレビドラマ「泣くな、はらちゃん」や「35歳の高校生」でうまいなあと注目していた俳優で、彼の演技を楽しみにしていたが、下関弁を喋らねばならないためか、熱演には違いないが、少し硬いかなという印象だ。時期的には上記2本のドラマより映画のほうが撮影が早かったと思われるので、この映画を経験して菅田は一皮も二皮も剥けて、ドラマで好演だったのかも知れない。若い女優の木下、篠原はともに大変よかったと思う。とりわけ、独特のねちっこさを持った琴子を演じた篠原は見事だった。この映画の最大の見どころは、女の底知れない母性であるような気がする。登場するどの女も、一度も憎悪の表情を見せないところが、不気味たる所以だ。それでも、自己を無様にさらけ出す男たちを演じるのは、女より遙かに強い覚悟がいるだろうとは思う。その意味では、菅田にも光石にも大いに拍手を送りたい。

昭和の最後の年の夏という時期を描写する手並みは鮮やかだった。仁子の腕を失わせる原因を作ったある人物のことを「あの人」と仁子が表現するところは実に新鮮な驚きだ。下関という土地を舐めるように写し出してゆくカメラが、北九州サーガの系譜だということをはっきり伝えている。

映画としては面白かったが、では原作も読んでみようと思うかといえば、どうも食指は動かない。エンディングが原作とは異なるそうなので、どこからが映画独自の脚本なのかを知りたいという気はするが、どうもそんなに好きにはなれないストーリーである。母性に甘えきっているにすぎない男のエゴとずるさを感じるからだ。

(2013.9.8 新宿ピカデリーにて)

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2013年09月06日

『黒いスーツを着た男』

監督・脚本:カトリーヌ・コルシニ
出演:ラファエル・ペルソナ、クロチルド・エム、アルタ・ドブロシ、レダ・カテブ、アルバン・オマール、ほか
原題:TROIS MONDES
2012年フランス=モルドヴァ

「アラン・ドロンの再来」とフランスで絶賛されたラファエル・ペルソナ主演の作品である。彼の画像を見て、本当に若かりし頃のドロンに目元がそっくり!と思い、内容も面白そうなので、観に行って来た。後で情報を見て、女性の監督さんだったんだ!と驚くくらい芯のしっかりした作品で、クライム・サスペンスと言いながら、心理描写が細やかで、とても面白かった。

日本の報道では、Raphaël Personnazの名前は、カタカナでは“ラファエル・ペルソナ”とも“ラファエル・ペルソナーズ”とも表記され、映画公式サイトでも表記が統一されていない。それで、彼のフランスでのインタビュー映像を探してみたところ、インタビュアーが彼を「ラファエル・ペルソナーズ」と紹介し、本人もそれに頷いているものを見つけた。ということは、ペルソナーズが正しいのだろう。
参考:INTERVIEW : Raphael Personnaz et Victoire Belezy MARIUS et FANNY(Youtube)

【追記】
記事を書いたあとに、「ラファエル・ペルソナ」が正しい読み方だとご本人が配給会社に伝えたということをお知らせいただいた。参考記事を教えてくださったので、映画公式サイトの6月のNEWSにその旨記載されていることもわかった。公式サイトは現在「ペルソナ」に訂正されているが、唯一予告篇中の表記だけはさすがに修正できなかったようだ。私の持っている映画チラシ2種は、「ペルソナ」のものと「ペルソナーズ」のものと両方ある。ヨーロッパの人は、自分の名前を間違って発音されてもあまり気にしない人も多いので、インタビューではわざわざ指摘しなかったのかも知れない。


貧しい家庭に生まれながら、長年真面目に働いて実績を積んだアル(ラファエル・ペルソナ)は、社長令嬢との結婚を10日後に控え、将来を約束されている。会社の友人たちとバカ騒ぎをしたある夜、アルが運転する車が、誤って男性を轢いてしまう。友人たちにせき立てられるままに、現場から逃げ出したアルだったが、事故の模様は、現場の通りを隔てたアパルトマンに住むジュリエット(クロチルド・エム)に目撃されていた。手一杯の病院スタッフの代わりにジュリエットは被害者の妻ヴェラ(アルタ・ドブロシ)に連絡を取るが、被害者はモルドヴァからの不法就労者だった。被害者の容態が知りたくていてもたってもいられないアルは、翌日そっと病院を訪れるが、その姿をジュリエットに見られてしまう。暗かったためにひき逃げ犯の顔はわからなかったジュリエットだが、アルを見て直感的に怪しいと思い、彼のあとをつける。

原題の"TROIS MONDES"というのは「3つの世界」という意味だ。この「世界」は「階級」のニュアンスも持つ言葉なので、ジュリエットに代表される中産階級と、アル自身の出身である貧しい階層(父親はいないらしく、母親は掃除婦をしていたと語られる)、そしてモルドヴァ出身の不法労働者というフランスから見た最下層、この3者を表現したタイトルなのかなと思う。邦題の「黒いスーツを着た男」は、ペルソナだけに焦点を絞ったようなタイトルで、映画の本質はとらえていない。フランス版のポスター日本版のポスターを比べてみると、狙いの違いがよくわかる。

フランスメディアが絶賛するキャスティングは確かに素晴らしい。まずラファエル・ペルソナ。まさに『太陽がいっぱい』で、貧しい生まれの野心家の若者を演じたの頃のアラン・ドロンを彷彿させる寂しげで危うい目つきと、スリムな肢体、綺麗な身のこなしで、しかも演技力もあり、文句のつけようがない。ジュリエット役のクロチルド・エムとヴェラ役のアルタ・ドブロシも、繊細な感情をの動きを的確に演じられる実力派だ。

サスペンスにしては、ストーリーはさほどハードではなく、大どんでん返しを期待する向きには不満かもしれないが、主要登場人物それぞれが、自らを偽るか、さらけ出すかの瀬戸際に立ち苦悩する様は心理サスペンスとして十分見応えがあった。

(2013.9.5 ヒューマントラストシネマ渋谷にて)

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2013年09月03日

『夏の終り』

監督:熊切和嘉
脚本:宇治田隆史
原作:瀬戸内寂聴『夏の終り』(新潮文庫刊)
出演:満島ひかり、綾野剛、小林薫、赤沼夢羅、安部聡子、小市慢太郎、ほか
2012年

先週末公開映画で最も観たかった作品である。原作が瀬戸内寂聴だから、ストーリーはしっかりしているだろうと考えたし、満島ひかり、綾野剛という注目している俳優が出演していることも、期待を持てる要素だった。時代背景は明確にはされていないが、原作が刊行されて50年ということと、映画の美術面から、1950年代あたりかなと思う。戦後そう月日の経っていない時代のしっとりした雰囲気が、スチールからもうかがえた。

知子(満島ひかり)は、型染めを仕事にしており、妻子ある年上の売れない作家・慎吾(小林薫)と長年暮らしている。慎吾は妻のいる自宅と知子宅とを定期的に行き来している。慎吾との穏やかな生活に満足していた知子だが、ある日、昔の恋人・涼太(綾野剛)が訪ねて来てから心が揺れ始め、慎吾と暮らしながらも、涼太と再び関係を持つようになった。

激しい愛の物語だが、時代背景のせいか、静謐ささえ感じる作品だ。それは間(ま)がとても長いせいもあるだろう。作品の意図がしっかり伝わって来た(勝手にそう思っているだけかも知れないが)にもかかわらず、私はその間が自分の感性よりほんのちょっとずつ長いことに耐えられず、114分という上映時間がとても長く感じられ、じれったくなってしまった。原作は読んでいないし、あらすじにすら目を通さなかった私には、この映画はちょっと疲れる。ストーリーの時系列をかなり錯綜させているので、このシーンはあのシーンの前なのか後なのかを理解しようと努めるあまり、俳優の表情や心理の綾にまで目を行き届かせる余裕がなかったのである。結局、涼太は知子が昔駆け落ちした相手であることは、見終わってチラシの解説を読んでから、初めてちゃんと理解したという情けなさだ。事前情報なしに観る者にとっては、映画の中で流れるゆったりとした時間とは裏腹に、のんびり観ていることの出来ない作品だった。時系列に沿わない描き方は、嫌いではないが、それがすんなり入ってくるのと、え?え?と頭がこんがらかるのとは、紙一重だと思う。編集の仕方が私の好みに合わなかったということだろう。

俳優はどの人もよかったが、涼太の描き方が物足りなく、綾野剛を活かせていないような気がした。仕方のないことだが、満島ひかりも綾野剛も、現代の俳優さんらしく小顔でスマート。昭和のじっとりした雰囲気を出せといっても無理かもしれない。もっと官能的な作品になってもよかったのではないかと思うが、むしろスタイリッシュな出来だ。それでも、美術は見事だったと思う。とくに家の中のセットが、レトロというのではなく、ちゃんと生活感のある昭和テイストになっていて、これは大変よかった。

オープニングとエンドロールで使われる型染めが美しく、一番印象に残った。

(2013.9.2 テアトル新宿にて)

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2013年09月01日

『四十九日のレシピ』試写会

監督:タナダユキ
脚本:黒沢久子
出演:永作博美、石橋蓮司、岡田将生、二階堂ふみ、原田泰造、淡路恵子、ほか
2013年

実はこの作品は、去る5月にマル秘試写会が当選し、鑑賞することになったものなのである。試写については8月末までいっさい内容を口外しないようにという約束事があったので、今日まで感想をアップすることができなかった。ついに9月に入り、一般試写会の募集も出てきていることから、もう書いてよいだろうと思い、5月に書いて保存しておいた記事をアップすることにする。

* * * * *

タイトルすら知らされない試写会に行くのはこれが2回目。好みではないタイプの映画だったらガッカリだなあと思ってはいたが、試写会応募の際は「この秋公開の注目度No.1<マル秘>映画」ということだったので、ある程度期待していた。会場に着くとまずかなり厚いアンケート用紙が渡され、上映前に途中まで記入するようになっている。これから観る映画のあらすじも書かれており、永作博美主演の映画だということがわかり、ともあれ主演は好きな女優さんだったのでホッとする。事前記入分が終わると試写室へ案内される。ごく小さいスクリーンだが、椅子はせいぜい20客くらいで、どこにいても良く見える。それに椅子は1人掛けソファという雰囲気のもので座り心地もよい。スクリーンの前に2種類のポスターが置かれていて、『四十九日のレシピ』という作品だとやっと判明。これの撮影情報だけは知っていたが、タナダユキ監督作品だということは忘れていた。タナダ監督作品としては2008年の『百万円と苦虫女』を観ているが、非常に軽い作品だったので、あまり良い印象はない。やや不安になりながら観始めた。

百合子(永作博美)は30代の主婦。なかなか子宝に恵まれず、不妊治療を続けながら寝たきりの義母の介護をしている。ある日、夫の浩之(原田泰造)の裏切りが発覚し、百合子は離婚届を置いて家を出、実家へ向かう。実家の父、熱田良平(石橋蓮司)は、長年連れ添った妻の乙美を亡くしたばかりで、気力を失っている。乙美は百合子の実母ではなく、再婚相手だが、百合子が5歳のときから愛情を持って育ててくれた人だ。百合子が実家に戻る前に、良平のところに突然“イモ”こと井本幸恵(二階堂ふみ)という今時のギャルがやってくる。乙美が養護施設で働いていたときの入所者だ。イモは乙美が生前作っていたある「レシピ」の存在を良平に伝えに来たのだ。干渉を拒む良平の怒鳴り声など耳に入らないかのように、良平の身の回りの世話を始める。そのレシピがきっかけとなって、乙美の四十九日に向けて、様々な準備をする中で、良平も百合子も自分を取り戻してゆく。

ストーリーははっきり言って面白くない。すべて先が読めてしまい、予定調和の気持ち悪さが残る。ただし、イモの存在だけは現実離れしているだけに、一種のファンタジーとも言え、この面は良かった。試写直前に二階堂ふみが出演していることを知り、楽しみにしていたのだが、その期待は裏切られなかった。『ヒミズ』のときのひたむきな少女、大河ドラマ「清盛」のときのしっとりした雰囲気とはまた違って、はちゃめちゃな女の子だけれども、どっしりとしたその存在感は、ホームドラマっぽいストーリーをかろうじて救っていると感じた。頑固な父親を演じる石橋蓮司もよかった。ただし、ハル役になぜ岡田将生をキャスティングしたのか理解に苦しむ。あそこは是非とも本物の日系ブラジル青年を使って欲しかった。そして、せっかくの永作博美をちっとも生かせていない脚本も不満だ。百合子という女性が魅力的に描けていないと感じるし、いくら生活に疲れた主婦だとしても、あそこまで地味(というかダサイ)な衣装では、観ているほうも楽しくない。地味で身なりも構わない女性という風に描きたかったのだろうが、あれでは夫に裏切られるのも無理ないか、と思えてしまう。淡路景子を久しぶりにスクリーンで見たが、さすがの迫力で圧倒された。最近テレビのバラエティーによく出演して毒舌ぶりを披露しているが、そのイメージにぴったりの役柄だった。

* * * * *

試写が終わると、別室に数人ずつ集まって、詳細な感想を述べる時間もあった。またスクリーンの前に2種類置かれていたポスターの好みについても聞かれた。現在公開されているポスターを見ると、あの時に見た2種類のポスターとも違う。こうやって、宣伝担当の人たちは頑張って方向性を決めて行くのだなとわかり、このことは新鮮な体験だった。

(2013.5.19 WOWOW試写室にて)

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