2014年03月29日

『WOOD JOB!〜神去なあなあ日常〜』試写会

監督・脚本:矢口史靖
原作:三浦しをん『神去なあなあ日常』(徳間書店刊)
出演:染谷将太、長澤まさみ、伊藤英明、優香、西田尚美、マキタスポーツ、有福正志、近藤芳正、光石研、柄本明、ほか
2014年

矢口監督作品は評価が高いのに、たまたま『ロボジー』しか観ていないので、原作が三浦しをんだし、今度は必ず観ようと試写会に応募し、昨日観て来た。前評判通り大変楽しい作品で、観てよかったと強く思った。原作は今に至るまで読んでいないが、変わった題名だなという第一印象で、映画がこのタイトルだけだったら意味も不明だし、傾向もよくわからないところだ。でも映画化に当たって「WOOD JOB!」(ウッジョブ)という本題がつけられ(完璧に映画のためだけに作られた言葉かどうかは知らないが)、これは秀逸なタイトルだと思った。もちろんGOOD JOB!のもじりであり、林業がテーマのストーリーと見事に合致している。

大学受験に失敗し、さりとて次年度を期して勉強する意欲もなく、ガールフレンドともうまく行かなくなり、バイトでも探そうかと無気力な生活を送っていた平野勇気(染谷将太)は、たまたま美女の写った林業研修プログラムのパンフレットに惹かれ、ローカル線を乗り継いで神去(かむさり)村へやってくる。そこは携帯の電波も届かず、野生の鹿や虫や蝮だらけで、出会う人は老婆たちばかりという超弩級の田舎だった。仕事は確かだが粗野な先輩のヨキ(伊藤英明)たちの厳しい指導に、何度も逃げ出して帰ろうと考える勇気だが、パンフレットの美女・直紀がこの村に住んでいると知って、それを心の慰めに村にとどまり、どうにかこうにか入門研修を終え、中村林業での1年間の実地研修が始まる。日々の新しい経験や、村人たちとの交流を通じて、勇気は徐々に変わってゆく。

とにかく、綿密な下地作り、発想の新鮮さ、味付けの細やかさで、1秒足りとも飽きることのない、無類に面白い映画だった。本格的な林業の作業風景、山と木々の威容、村の方言、風習、様々なものが一見カオスのごとく詰め込まれているが、その配し方が絶妙で、笑いへの持って行き方が自然で、非常に気持ちよく観ていられる。もちろんクライマックスの祭りの描写は圧巻でありながら、細かいエピソードはクライマックスに向けての序章という二次的なものではなく、それぞれが独自の輝きを持っている。

都会育ちの軟弱な若者が、田舎の自然や暮らしに触れて変わってゆくというストーリーは、それだけだったらどこにでもありそうな話でしかないが、この作品はそういう陳腐なわざとらしさがまったく感じられないのだ。これは、脚本が巧みであると同時に、林業の作業をすべて俳優陣が吹き替えを使わずにやっていることや、クライマックスの迫力のシーンにCGがほとんど使われていないこと、つまりは徹底した本物志向が大きく影響していることと思う。笑えるシーンも過剰な仕立て上げ方ではなく、登場人物たちがふと見せる行動が、部外者にとっては新鮮で可笑しく見えるといった、ちょっと感性をくすぐられるとでも言えそうな自然発生的な可笑しさなのだ。

キャスティングが見事。主演の染谷の実力はすでに多くの作品で実証済みだが、これまでの鬱屈したような若者とはうってかわってお気楽な男の子をうまく演じている。驚いたのは伊藤英明だ。『海猿』のイメージが強く、何となく一本調子な印象のある彼だが、今回のヨキ役は素晴らしかった。武骨でありながら愛嬌もある山の男がぴったり。特に木を伐採するときの身のこなしなど、堂に入ったものだ。ふんどし姿もとりわけ格好いい。彼らを取り巻く様々な人たちも、実力派俳優を揃えただけあって、実によい味を出している。

映像は、とくに冬から春へ季節が移り変わる山里の様子をあらわしたシーンが素晴らしかった。これは誰にでも心から勧めたい1本だ。エンドロールが終わったあとにも洒落た仕掛けが待っているので、席を立たないことも併せてお勧めする。

(2014.3.28 よみうりホールにて)

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2014年03月16日

『ヴィオレッタ』試写会

監督:エヴァ・イオネスコ
脚本:エヴァ・イオネスコ、マーク・チョロデンコ、フィリップ・ル・ゲイ
出演:イザベル・ユペール、アナマリア・ヴァルトロメイ、ドニ・ラヴァン、ほか
原題:My Little Princess
2011年フランス

2011年のカンヌ国際映画祭で、批評家週間50周年記念として上映され、賛否両論を巻き起こした問題作である。イザベル・ユペールが主演であることと、ストーリーに興味を持ったので試写会に応募したが、大変面白い映画だったと明言しておく。

この作品は日本でも公開までに紆余曲折があった(現在もある)そうだ。保守的な道徳観念の残る地域での上映がどう受け入れられるかという問題がある。カンヌでも、非難されたのは、児童ポルノの性格があるのではないかという点だ。フランスではカンヌ後、この作品は誰が観てもよいという一般作品として公開された。しかし、日本では映倫が少女の性的な描写を想起させるということで、「審査対象外」という判断をくだしたそうである。従って、まだ広く上映する予定が立っていないのだ。そういったことに関して上映前と上映後に配給会社の方から説明があり、観た感想を広く求めたいということだった。

1977年に母親が実の娘のヌード写真集を発売し、世界的に大きな論議を呼んだ。その写真集のモデルがエヴァ・イオネスコ監督だったのである。つまりこの作品はエヴァ・イオネスコ監督の実体験を映画化したものだという経緯がある。

ヴィオレッタ(アナマリア・ヴァルトロメイ)は祖母と二人暮らしの美しい12歳。母親のアンナは芸術家肌の売れない画家・写真家で、別に部屋を借り、ヴィオレッタのもとにはたまにしか戻って来ない。母に会えるのを嬉しく思うヴィオレッタは、ある日アンナの部屋に招かれ、言われるがままに綺麗なドレスに着替え、髪をほどかれ、真っ赤なルージュを塗られ、妖しげなオブジェに囲まれ、写真のモデルとしてポーズをとる。写真を画家のエルンストに褒められたアンヌは、段々娘への要求をエスカレートさせて行く。初めて開いた写真展は評判を呼び、アンナの写真は高く売れるようになる。始めは母親が喜ぶ顔を見るのが嬉しかったヴィオレッタだが、刺激的なポーズやなヌードを要求され、シド・ヴィシャスとのフォトセッションでセクシャルな絡みを求められるに至って、不満を爆発させ、もうモデルはやらないと宣言する。学校でも、ヌードモデルのレッテルを貼られていじめられ、ヴィオレッタは孤独を深めて行く。

こだわりのオーディションを勝ち抜いただけあって、アナマリア・ヴァルトロメイは本当に美しく、ゴシック風衣装を身にまとい、大人びたポーズや視線がカメラに収まる様子は、あどけなさと妖艶さの境目にある少女として実に魅力的だ。けれども、それはあくまで舞台装置であって、映画は思春期にさしかかる少女の、母親に対する愛情と嫌悪の間で揺れる感情を描いていて、テーマはより普遍的なものになっていると感じる。ルーマニア出身の祖母、平凡を嫌って芸術に生きようとする母、そしてヴィオレッタの3世代の女性が紡ぎ出す物語は、無駄のない脚本によって、非常にスリリングなものに仕上がっている。美しい母親に憧れの念を抱き、言うなりになっていた少女が、やがて自我に目覚め、母親の呪縛から逃れようと苦しむさまに、悲しくなるほどの共感を覚える。母親が娘を呼ぶ呼び方、"Mon amour"(愛しい子)、"Ma princesse"(私のお姫様)を聞いていると、母親自身が愛だと思っているものと、娘が欲しい愛との間の大きなずれが感じられる。

男性の見方、娘を持つ母親の見方、立場によってこの映画に何を感じるかは千差万別だろうと思うが、私は表現にはかなり抑制が効いていると思えたし、児童ポルノの要素があるとはこれっぽっちも感じなかった。ヴィオレッタの学校、授業の様子、友だちとの関係の描写など、非凡さを感じさせるシーンが多く、とても素敵な作品だと思った。

フランス映画なのに原題が"My Little Princess"と英語なのはどういう意図なのだろう。

(2014.3.15 シネマート六本木にて)

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2014年03月15日

『春を背負って』完成披露試写会

監督・撮影:木村大作
原作:笹本稜平「春を背負って」(文藝春秋刊)
脚本:木村大作、瀧本智行、宮村敏正
出演:松山ケンイチ、蒼井優、檀ふみ、小林薫、豊川悦司、新井浩文、吉田栄作、安藤サクラ、池松壮亮、仲村トオル、市毛良枝、井川比佐志、石橋蓮司、ほか
2014年

登壇者:木村大作、松山ケンイチ、蒼井優、檀ふみ、豊川悦司、新井浩文

久しぶりに完成披露試写会が当たり、新井浩文が来てくれるかなあと期待しつつ雨の中出かけた。開場30分前から試写状を座席指定券と引き換え、という手順なのだが、会場の仕切りが非常に悪く、引き換えに大変手間取り、進まない列にイライラさせられた。どうせなら、もっと早い時間帯から引き換えを始めれば、こんなに混雑しないのにと思うが、劇場ではないため、会場使用時間の制約があるだろうから無理だったのかも知れない。

司会のフジテレビ笠井アナが登場し、早速松山ケンイチを先頭に、キャストと監督が登壇。やっぱり新井浩文も来てくれた!と嬉しくなる。舞台挨拶の模様は各メディアがたくさん報道してくれているので、詳しくは書かないが、印象に残ったことを2つ3つ。松山、新井は二人とも身長180cmを越える背の高い方々だということは知っていたが、ちょうど二人の間に立った豊川悦司は、さらに頭半分も抜きんでている。本物は何度かお目にかかっているが、こんなに大きい人だったかとあらためてびっくり。あとで調べると、豊川は186cmもあるのだということがわかった。

撮影裏話の中心は、蒼井優の男性をしのぐ健脚ぶりと、檀ふみの、これも男性をしのぐ飲みっぷりだった。高山では女性が強いという話は時々聞く。私の同級生が学生時代にヨーロッパアルプスのモンテ・ローザに登ったとき、周りの男どもが次々と体調不良を訴えるなか、一人平気な顔でいたそうだ。生物学的に女性のほうが気圧の変化に強いのだろうか?それはともかく、松山ケンイチはよく喋る!MCの質問からはちょっとずれた内容になっても平気で、どんどん喋っていくので、時間制限が不安になったほどだ。

さて、映画の話に移るが、全体的な印象としては、木村監督の前作『劔岳 点の記』より、ずっと面白かったと言える。山の威容をこれでもかと見せつけた『劔岳 点の記』は、映像としては『春を背負って』に勝ると思うが、映画全体のバランス、物語の運びなどは『春を背負って』のほうが遙かに納得できるものだった。

舞台は立山連峰。3000mの山の上にぽつんと立つ菫小屋を営む長嶺勇夫(小林薫)が、滑落した登山者を救おうとして命を落とす。東京でやり手のトレーダーとして仕事をしていた息子の亨(松山ケンイチ)は、父の意志を継いで山小屋を運営していこうと決心する。菫小屋で働く若い女性・高澤愛(蒼井優)や、勇夫の大学の後輩で山のベテラン・ゴロさん(豊川悦司)らの助けを借りながら、新米の山小屋オーナーとしての亨の新しい生活が始まる。

山小屋開きの様子はとても興味深いものだった。まだ一面雪に覆われた尾根を一歩一歩山小屋に向かって登って行く。実際にキャストを登らせて撮る映像は、黙って観ているだけで迫力がある。厳冬期のあいだ仕舞っておいた布団を屋根に干す愛の姿が印象に残る。布団は春の恵の日光をいっぱいに浴び、蒼井優のくったくのない笑顔と相まって、もっともよいシーンだったと思う。麓で民宿を営む亨の母(檀ふみ)や、亨の幼馴染みの家具職人・聡(新井浩文)、山岳警備隊隊長の工藤(吉田栄作)など、人間関係も多彩だ。

試写会は劇場ではなかったため、スクリーンの大きさに不満が残る。これはどうしても大スクリーンで観るべき映画だ。そして満開の桜の背後にそびえる立山連峰の映像で始まる冒頭は、これが4月公開だったら良かったのにと思わせる素敵な季節便りだ。6月公開だと少し気が抜けてしまうかも知れない。

欲を言えば、主人公の亨にカタルシスがあまり感じられず、平板に思えた。膨大な金額を机上で動かす仕事になんとなく嫌気がさして…という程度の動機で山小屋を継ごうと考えたように見えてしまうのである。むろんそこには父や父の仕事の偉大さに対する思い、人々との繋がりの温かさなど、亨を後押しした感情がたくさんあるはずなのだが、それがあまり伝わって来なかった。そして、ラストシーンもあまりピンと来ないものだった。

(2014.3.13 渋谷公会堂にて)

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2014年03月11日

『あなたを抱きしめる日まで』試写会

監督:スティーブン・フリアーズ
脚本:スティーブ・クーガン、ジェフ・ポープ
出演:ジュディ・デンチ、スティーブ・クーガン、ソフィー・ケネディ・クラーク、アンナ・マックスウェル・マーティン、ミシェル・フェアリー、バーバラ・ジェフォード、ほか
原題:Philomena
2013年イギリス

742席のホールに200名限定ということで、非常にゆったりと気持ちよく観ることのできる試写会だった。嬉しいことに、邦題から受けるイメージと予告編の印象より、ずっと深みのある良質のイギリス映画だと感じ、満足して帰って来た。

クレジットはされていないが、実在するアイルランド人主婦の体験をつづったノンフィクション『The Lost Child of Philomena Lee』(マーティン・シックススミス著)が原作で、それを映画化したものである。普通の生活を送っていたかに思えた主婦フィロミナ(ジュディ・デンチ)は、ある日娘のジェーン(アンナ・マックスウェル・マーティン)に50年間誰にも話さなかった秘密を打ち明ける。10代の頃、アイルランドでフィロミナは妊娠し、怒った親から修道院に入れられ、そこで息子を出産する。修道院で生活の面倒を見てもらう代わりに厳格なシスターたちの元、同じ境遇の少女たちとともにタダ働きをさせられ、息子に会えるのは1日たったの1時間。修道院で産まれた子供たちは、母親に無断で養子に出されることもしばしばだ。3歳になったフィロミナの息子アンソニーも、ある日知らない人たちに突然連れて行かれる。車が見えなくなるまで、息子の名前を叫び続けるフィロミナ。修道院は金銭と引き換えに、裕福なアメリカ人たちに養子を斡旋していたのである。

50年間1日たりともアンソニーを忘れたことのなく、彼の消息を知りたいと願うフィロミナのために、ジェーンは元ジャーナリストのマーティン(スティーブ・クーガン)に話を持ちかける。BBCを首になったばかりのマーティンは、フィロミナのことを記事にして起死回生を狙うべく、アンソニー探しに協力することになる。

単なる甘ったるいヒューマンドラマだったら嫌だなと思っていたが、そうではなく、よく練られた会話が絶妙で、アイルランドの風景や修道院のたたずまいもぐっとくるものがあり、見どころの多い作品だった。小説を読むのが好きで、マーティンに蕩々と筋を語るシーンや、看護師時代に慣れた罵倒の俗語を並べたてたり、そうかと思うとギャグが通じなかったり、フィロミナの人となりが実に楽しい。一方、カトリックにおける「肉欲」や「赦し」の観念など考えさせられるシーンも多かった。もちろんジュディ・デンチの安定した演技に負うところは多いが、修道院のシスター・ヒルデガード(バーバラ・ジェフォード)、若き日のフィロミナを演じたソフィー・ケネディ・クラークなど、助演陣も非常によかったと思えた。とりわけ、ソフィー・ケネディ・クラークは、1950年代の少女はこうもあろうかと納得させられる風貌と表情が素晴らしかった。

気に入らなかったのは邦題である。女性狙いが見え見えのこの手の甘ったるい邦題だけで観たくないと思う人も多いのではないだろうか。私も基本的にはそうである。

(2014.3.9 日本消防会館ニッショーホールにて)

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2014年03月08日

『ダラス・バイヤーズクラブ』

監督:ジャン=マルク・ヴァレ
脚本:クレイグ・ボーテン、ミリッサ・ウォーラック
出演:マシュー・マコノヒー、ジャレッド・レト、ジェニファー・ガーナー、ほか
原題:Dallas Buyers Club
2013年アメリカ

観なくちゃと思っているうちに、アカデミー賞で主演男優賞、助演男優賞、メイク・ヘアスタイリング賞3部門授賞というニュースが飛び込んできた。そのせいもあっただろう、平日用事を済ませてから行ったときは、もう数席しか残っておらず、一番前列しか選べなかった。ところが、初めての劇場シネマカリテは最前列でも極めて観やすく、むしろ足が伸ばせて快適だった。

見終わって、これは文句なくオスカーに値する作品だという思いを強くした。役柄に備えて過酷なダイエットをしたことが話題になったマシュー・マコノヒーとジャレッド・レトは、そんなニュースを知らなかったとしても賞賛されるべき演技だったと思う。脚本も素晴らしかった。

80年代のダラス。ロン・ウッドルーフ(マシュー・マコノヒー)は、女と酒そしてロデオに明け暮れる男。しばらく前から気になる咳をしていたが、ある日突然倒れてしまう。運ばれた病院で告げられたのは、ロンがHIV陽性でエイズを発症しており、余命は30日という驚愕の医師の言葉。エイズといえば同性愛者だけがかかる病気と思われていた当時、ロンはゲイでもないのにあり得ないと、医者の言葉をすぐには信じない。それでも、勉強とは縁遠かったロンだが、図書館に通ってエイズに関する論文や新聞記事などを読みあさり、世界中で開発されている新薬の情報などを仕入れる。そして主治医イブ(ジェニファー・ガーナー)に未承認のAZTという新薬を処方してほしいと告げる。だが医師はそんなことはできない。ロンは国外から未承認薬を仕入れ、それを自分が服用するだけでなく、金儲けのために売りさばこうと考えるが、ゲイに嫌悪感を持つロンは、需要の多いゲイたちに販路を広げることができず、病院で知り合った美しいトランスジェンダーのレイヨンを仲間に引き入れることにする。一方、AZTには大きな副作用があるのに、製薬会社と医師との癒着により国内で使用が推奨され始める。AZTの危険性を知らされたロンは、安全な代替薬を世界中から仕入れ、それをさばくシステムを考え出した。それがダラス・バイヤーズクラブである。このクラブは会費制で、会員には無料で必要な薬を配るというものだ。しかしそこに司法の壁が立ちはだかる。安全な薬を自由に飲める権利を獲得するために、やがてロンは国とも闘うことになる。

教養もなく直情径行で、ちゃらんぽらんの生活を送っていたロンだが、エイズだと知らされても、心を入れ替えるどころか、そのノリのまま突っ走る。その彼の生き方は爽快以外の何ものでもない。点滴の袋をぶら下げながら車で走り回ったり、クラブの仕事をしたり、滑稽さは漂っても、悲壮感はまったくない。その奔放さ、(ある意味での)正直さゆえに、言いようのない温かさが奇跡のように訪れる。本当に不思議な魅力のある映画だ。ジャレッド・レトの美しさも特筆に値する。とりわけ念入りなメイクを施した目元の横からの映像はほれぼれする。いかにもやぼったい女性医師を演ずるジェニファー・ガーナーもよかったし、キャスティングは大満足である。

国を相手に闘うと言っても、本来の自分を失わず、やんちゃなままのロン像は本当に魅力的だった。正義を振りかざす嫌らしさと紙一重とところに巧みにキャラクターをおさめている脚本にも賞賛を送りたい。

(2014.3.5 新宿シネマカリテにて)

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