2014年11月09日

『リスボンに誘われて』

監督:ビレ・アウグスト
脚本:グレッグ・ラター、ウルリッヒ・ハーマン
原作:パスカル・メルシエ「リスボンへの夜行列車」(早川書房刊)
出演:ジェレミー・アイアンズ、メラニー・ロラン、ジャック・ヒューストン、マルティナ・ゲデック、トム・コートネイ、アウグスト・ディール、ブルーノ・ガンツ、レナ・オリン、クリストファー・リー、ジャーロット・ランプリング、ほか
原題:NIGHT TRAIN TO LISBON
2012年ドイツ・スイス・ポルトガル

友人が今年観た洋画の中でナンバーワンだと言っていたので、終わらないうちにと思い、観て来たが、映像の美しさとジェレミー・アイアンズの素晴らしさで、実際心に残る作品だった。

ライムント・グレゴリウス(ジェレミー・アイアンズ)は、スイスのベルンの高校で古典文献学を教える教師。妻としばらく前に離婚してのひとり暮らしだが、とりわけ波風の立たない日常を送っていた。ある雨の日、通勤途中で橋にさしかかると、今にも川に身を投げようとしている若い女性を目撃する。すんでのところで助けられた女性はライムントに、一緒に行ってもよいかと尋ねる。やむを得ず彼女を学校まで連れてきたが、やがて女性はコートを残して姿を消す。授業を中断し、彼女の後を追うライムントは、コートに残されていた1冊の本に気づく。本にはリスボン行きの列車の切符が挟まれており、迷った揚げ句、彼は授業をすっぽかし、その列車に乗り込み、ポルトガルのリスボンに向かってしまう。車中で本を読み出したライムントは、その心を打つ内容にすっかり魅せられ、著者であるアマデウ・デ・プラド(ジャック・ヒューストン)を探そうと思い始める。著者の家はほどなく見つかり、アマデウの妹アドリアーナ(シャーロット・ランプリング)と話をすることができるが、彼女は何か秘密をかかえているようだった。アマデウとは何者なのか、なぜこの本を書いたのか、姿を消した女性は何者なのか。異国の地でのライムントの真実探しが始まる。

まず冒頭のベルンの街の映像から惹き混まれる。陰鬱な雨のベルンから一転明るいリスボンへ。どちらもヨーロッパの古い町並みが非常に印象的で、歴史があるということはこういうことなのだと、しみじみ感じさせてくれる。ど派手なネオンや広告のない町並みのなんと優雅なことか。舞台となるリスボンの街の雰囲気だけで、ああ素敵な映画を観たなあという気分になる。それに、普段あまり耳にしない個人の、ライムント、アマデウ、エステファニアなどというエキゾティックな響きの名前を聞くだけで、気持が浮き立つ。

ストーリーは、自殺未遂した女性のことより、本の作者アマデウの過去をひもとくことに焦点が当てられる。女性が何者であるかは、かなり最後のほうにならないとわからない。アマデウという人物を知るには、1970年代の独裁政権下のポルトガルで、革命の機運が高まっていたことを理解する必要がある。「レジスタンス」という言葉を聞くと、第二次大戦下のフランスを真っ先に連想してしまうが、1970年代のポルトガルについての知識がほとんどなかったので、その意味でも興味深いストーリーだった。

もちろん過去をひもとくだけでなく、現代のライムントの個人的生活もこのリスボン旅行によって、徐々に変化の兆しを見せてくる。眼科医マリアナ(マルティナ・ゲデック)との出会いがあったり、滞在するホテル経営者とのちょっとしたやりとりや、授業をいつまで休む気だ?と頻繁に携帯に電話をかけてくる校長との応答など、楽しい要素もちりばめられている。エンディングは秀逸。

ジェレミー・アイアンズは、リスボンで過ごすうちに、表情にはりが出てくるライムントの変化を繊細に演じていて感動する。シャーロット・ランプリングは好きな女優さんだが、存在感が強すぎて、彼女ばかり目立ってしまったようにも思う。この人が後年のエステファニアを演じればよかったのにと、ちょっと思ったが、上流階級の雰囲気を出すためには、アドリアーナ役が彼女でなければならなかったのだろう。

(20147.11.8 新宿シネマカリテにて)

映画公式サイト
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2014年11月03日

『美女と野獣』(2014)

監督/脚本:クリストフ・ガンズ
出演:レア・セドゥ、ヴァンサン・カッセル、アンドレ・デュソリエ、イボンヌ・カッターフェルト、ほか
原題:La Belle et La Bête
2014年仏独合作

あまりにも有名なフランスの古い物語『美女と野獣』は、これまでに数多くの翻案を生み出し、映像化、アニメ化、舞台化されている。おそらく一番有名なのは、私は観ていないがディズニーのアニメなのだろう。この物語がヴァンサン・カッセルとレア・セドゥで実写化されるとあっては、観ないわけにはいかない。二人とも大好きな俳優さんだからである。実際、このキャスティングは本当に素晴らしかった。レア・セドゥは心根が優しく、美しいけれども芯が強く、好奇心旺盛な娘としてのベルを魅力的に演じ、ヴァンサン・カッセルは、悲しい過去を持ち、凶暴ではあっても愛を待ち望んでいる存在としての野獣を、情感たっぷりに演じている。二人の年齢差にもかかわらず、ラブストーリーを演じて違和感を感じさせない雰囲気作りはさすがだ。

全体として、ダークファンタジーを思わせる画作りだ。おどろおどろしい野獣の居城、それを取り巻く鬱蒼とした不気味な森だけでなく、登場人物の衣装も、多くは沈んだ配色(ベルの衣装だけは明るい色が多いが)で、贅沢な質感を感じさせるものだ。衣装は本当に見事である。薔薇の咲き乱れる城内や庭園も、美しいばかりでなく、不穏さも併せ持ったしつらえとなっている。この舞台装置が非常に気に入った。

物語は、昔話の本を母親が幼い子供に読み聞かせるという導入の仕方をとっている。子供たちが目を輝かせて話の続きをせがむように、観客にも早く続きを観たいと思わせる仕掛けだ。巷間に知られているボーモン夫人版(オリジナルのヴィルヌーヴ夫人版を縮めたもの)の物語には描かれていない野獣の過去についての描写を採り入れたことが、今作の特徴であるらしい。脚本においても演出においても、そこが苦労したポイントなのだろうが、私はそこだけが、ちょっと現代的な処理に思えて、気に入らなかった。具体的に言えば、野獣の城に出没する小さき者たちである。これが何をあらわすのかはすぐ気づいたが、CG以外の何物でもない彼らの造作に、ややシラけたというのが正直なところである。これが『ハリー・ポッター』シリーズや、アニメだったら、これでも良かったのだろうが、全体の古色蒼然としたトーンとミスマッチに思えたのである。そして、巨大な石像もそうだ。これが現代的な作り物の域を出ていないように感じる。

それ以外の点は、野獣の過去についても、なるほどと思わせる説得力があり、決して単なるお伽噺中の王子さまのように無垢な存在ではなく、傲慢だった過去の自分に常に向き合わされて苦悩する獣とされていて、物語の厚みを感じさせてくれた。

≪Plus que tout au monde.≫(プリュスク トゥート モンド)「誰よりも愛しい」、馬の耳にささやくまじないの言葉が耳に残る。

なお、『美女と野獣』はディズニーも実写版を製作中で、ベルをエマ・ワトソンが演じるとか、当初メガホンを取る予定だったデル・トロ監督が降板したとか、いくつかの噂が聞こえてきている。エマのベルも観てみたいなあと思う。

(2014.11.2 ユナイテッド・シネマとしまえん にて)

映画公式サイト
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