2013年12月21日

『皇帝と公爵』試写会(トークショーつき)

監督:バレリア・サルミエント
出演:ジョン・マルコヴィッチ、マチュー・アマルリック、メルヴィル・プポー、カトリーヌ・ドヌーヴ、ミシェル・ピコリ、イザベル・ユペール、マリク・ジディ、キアラ・マストロヤンニ、ヌヌ・ロプス、カルロト・コッタ、マリサ・パレデス、フィリプ・ヴァルガシュ、アフンス・ピメンテウ、アドリアヌ・ヌーシュ、ジュアン・アライシュ、ほか
原題:Linhas de Wellington
2012年フランス・ポルトガル映画(ポルトガル語・フランス語・英語)

歴史物だから観てみたいという単純な動機で試写会に応募したが、実際に観ると、『皇帝と公爵』という邦題、「ナポレオンには決して勝つことができない男がいた」というキャッチコピー、「ナポレオン皇帝VSウェリントン公爵 その瞬間、人は愛のために戦った」というチラシの見出し、これらから想像しうるどんなタイプの映画とも異なる極めて異質な戦争映画(?)だった。一番近いだろうと思われる芸術になぞらえるなら、壮大な叙事詩を読んだような印象の作品だ。あるいは叱られるのを承知で言うなら聖書か?

上映前にトークショーがあることは告知されていたが、どなたが登壇するのかは前もって知らされてはいなかった。歴史映画だから、歴史的解説をしてくれるような方だろうかと想像していると、壇上にはMCとしてお馴染みの伊藤さとりが登場した。あれ?これは方向性が少し違うのかな?と思っていると、素敵な方ですよ〜というアナウンスに促されて登場したのは中尾彬氏だった。もうこの作品を観たという中尾氏は、「あんまり好きじゃない、タイトルが。男と男のぶつかり合いみたいに思わせるけれども、どんでもない。これは女性映画。カメラがゆっくりゆっくり動いて、優しい目線なんです」と印象を語る。そして「生と性が見事に描かれている」とも。MCが話題を変えると、どんな質問にもきちんと持論を述べ、自分の経験も引き合いに出し、非常に聞いていて心地よい話術をお持ちの方だ。印象に残ったのは、料理の話から映画の話へ変化していったところ。生まれ変わったら何になりたいかという質問に、料理人かなと答える中尾氏。「(料理がうまくなるために)料理本なんて読んだってダメ。何を何グラムなんてやっているようじゃうまくならない。(塩を適当量つまんで鍋に入れる仕草をしつつ)ビートたけしの演出はそうなんだよ。そこんところをちょっちょっとこうやって、とか、ズバッとやって、とかっていう指示なんだ。そういう指示がわかんない人(役者)は、彼は使わないよ」と、思わぬ方向に話が向かった。「来年またやるけれど」とちょっと言っていたが、北野監督作品に来年また出るという意味か?この映画に関しては、ちょっとネタバレになるかも知れないけれど、「小さい天使が出てくるところが好き、それが主演かも知れない」と謎めいた表現をしていた。見終わって、あれが中尾氏が言っていた天使か、と思う登場人物は確かに存在していた。

さて、映画の内容に移るが、時は19世紀初頭。強大な力を誇るフランスのナポレオン皇帝は、3度目のポルトガルの侵攻を企てる。過去2度は失敗しているが、今度こその意気込みで、マッセナ元帥(メルヴィル・プポー)を指揮官として大軍を投入する。敵は、ポルトガル軍と知将ウェリントン子爵(のちに公爵、ジョン・マルコヴィッチ)率いるイギリス軍との連合軍である。ポルトガルのブサコで連合軍は勝利したにもかかわらず、ウェリントンは軍をリスボン方面に撤退させる。一時的な敗北を喫したものの、数は勝るフランス軍は体制を立て直し、撤退した連合軍を追ってゆく。しかし、これはウェリントンの策略であり、自軍にも知らせず密かに築いたトレスの要塞までフランス軍を引き入れ、大軍を一網打尽にする狙いだったのだ。映画は、このブサコの戦いからトレス線での連合軍の勝利までを描く。

そう書くと、戦闘場面がたくさん出て来そうに思われるが、まったくそうではなく、戦闘場面はごくわずか、両軍の迫力あるぶつかり合いのシーンなどというものもない。さらには、主人公であるウェリントンが知略をふるう場面がそうあるわけでもないのだ。描かれるのは、各軍の将校や兵士たちの日常、そして軍とともに、故郷を追われて落ち延びて行く市井の人々やそれぞれの立場で生きて行こうと必死な女たちの日常である。そこには、様々な考え方、生き方があり、どれが優れていて、どれが劣っているという判断など撥ねつけてしまう個性がある。19世紀なのに、イメージとしては、ブリューゲルなどルネサンス期の画家たちが描く世界に似ている。

映画のポスターには、ウェリントンを演じるジョン・マルコヴィッチと、仏軍マルボ男爵を演じるマチュー・アマルリックが並んでいるが、最初はアマルリックがナポレオンを演じるのかと思ったら、そうではなかった。アマルリックの登場場面は極めて少ないし、カトリーヌ・ドヌーヴをはじめ名だたる俳優たちのシーンの少なさにも驚いた。タイトルやポスターや、キャストの名前からは、映画の性格を判断してはいけない。

髭が伸びた男たちは誰が誰だかよくわからなくなり、かろうじて、英語・フランス語・ポルトガル語のどれを話しているかによってどの陣営に属する人なのかを判断するのだが、英語を話せるポルトガル人もいたりするので、非常にややこしくとまどった。ナレーションもあって、それは戦いの進捗状況を理解するのには役立つが、各シーンの解説をしているわけではないので、正直言って、これ誰だっけ?と常に考えなければならなかった。

執拗に出てくる孤児のシーンなどは、何かを語っていそうで、象徴的でありそうでいて、結局はよくわからない。そういうシーンが多い。ウェリントンとお抱え絵師との関係もそうだ。意図のよくわからないシーンが縦にも横にも積み重ねられると、いつのまにか非常に奥行きのある世界へと彷徨いこんでしまうといった気分だった。面白いのは確かだが、152分はいかにも長い。

(2013.12.19 なかのZERO大ホールにて)

映画公式サイト
posted by すいっち at 00:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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