2014年04月02日

『アデル、ブルーは熱い色』試写会

監督・脚本:アブデラティフ・ケシシュ
共同脚本:ガリア・ラクロワ
原作:ジュリー・マロ「ブルーは熱い色」(DU BOOKS発行)
出演:アデル・エグザルコプロス、レア・セドゥ、サリム・ケシゥシュ、モナ・ヴァルラヴェン、ジェレミー・ラユルト、アルマ・ホドロフスキー、バンジャマン・シクスー、ほか
原題:La Vie d'Adèle CHAPITRES 1 ET 2
2013年フランス

2013年のカンヌ国際映画祭でパルムドールに輝いた作品。パルムドールは監督のみに贈られる通例を破って、主演の二人アデル・エグザルコプロスとレア・セドゥを含めた三人に贈られたことでも話題になった映画だ。漫画が原作の作品がパルムドールを授賞したのも初めてのことだそうだ。事前情報をなるべく入れずに、同性愛を描いた作品だという程度の知識で試写会に行く。会場で、これがR18指定であることがわかる。そういえば、性描写がどうのこうのとどこかに書かれていたっけと思いだす。そして、これも当日わかったことだが、この映画は179分という長尺だったのだ。

鑑賞の翌日になってもその世界から抜け出せない映画は本当に久しぶりだ。男女の愛を描いた映画なら、その作品がとてもよいと思っても、自分の年齢からして、まるで自分がその当事者になったような気持にはもはやなれない。ところが本作は、本当に当事者になった気分で、私もブルーの髪のエマに一目惚れしてしまった。

アデル(アデル・エグザルコプロス)は極めて普通の高校生。文学と語学と料理の好きな女の子。将来は幼児教育の教師になりたいという夢を持っている。美女というわけでも、スタイル抜群というわけでもなく、髪の毛はいつもボサボサで、無造作にゴムで束ねている。身のこなしも優雅からはほど遠く、食べ方は行儀悪く、寝るときはいつもだらしなく口を半開きにしている。そんな飾らない女の子だが、なぜか男子からは結構モテる。ある日アデルは町で髪をブルーに染めた女性とすれ違い、その一瞬の視線に射貫かれる。それからというものアデルの脳裏からは彼女が離れなくなる。夜のゲイバーで運良く再会できたその女は、エマ(レア・セドゥ)といい、美大生だった。エマもアデルに興味を持ち、数日後に下校時にアデルを待っていた。二人は親しく話し、アデルは知的なエマにすっかり心を奪われてしまい、やがて二人は激しく肉体を求め合うようになる。数年後アデルは教師になり、エマと同棲を始め、働きながらエマのヌードモデルも務めていた。しかし幸せな日々に少しずつ影がさしてゆく。

これは主演二人の熱演を絶賛するよりほかはないだろう。アデル・エグザルコプロスは、高校生から大人になってゆくアデルの感情の動きを実に的確に繊細に演じ、とても演技には見えないほどリアリティーがあった。エマに対するアデルの一途な思いが確実に伝わってきて、こちらを同化させてくれた。一方レア・セドゥは、まずこれほどブルーの髪が似合う人はいないだろうと溜息が出てしまうほど魅力的だ。男の子っぽいサバサバ感を醸し出しながら、その視線と笑顔で人の心を絡め取る。現実の人間というより、漫画の世界を具現化したようなエマと言えるかも知れない。アデルの心情を中心に描いているために、エマはやや客観的な立ち位置にあり、ミステリアスでつかみ所がないからこそ惹かれる。

確かに、話題となった7分間のラブシーンは、ちょっと長すぎるかなとも思うし、最後には『ラスト、コーション』を思わせるような技巧的なシーンがあって、これはいらないような気もしたが、どんなに撮影が大変だったろうと心配になるほどの迫真のラブシーンであることは間違いない。

アデルの思いと呼応するかのように、高校の授業風景、幼稚園の教育風景がたびたび登場し、こちらも非常に興味深い。とくに、高校の文学の授業では、こういうメソッドのもとで教育を受けているから、フランス人(だけではないだろうが)は自分の意見をしっかり表明できる人に育つのだろうなと感慨深かった。日本ではああいう授業はできないだろう。また、エマが美大生なので絵画の話も出て来て面白かった。クリムトが好きだというエマ、エゴン・シーレがよいというエマの仲間。それで彼女たちの性格もわかるような気がする。二人の両親の描き方など、脚本も実にうまいと思う。

フランス語の原題は「アデルの人生 第1章、第2章」という意味である。どこから「ブルーは熱い色」が出て来たのかと思っていたら、原作漫画のタイトルが「Le bleu est une couleur chaude」(ブルーは熱い色)であり、映画の方も英題は「Blue Is the Warmest Colour」なのだった。

アデルがエンディングのほうで着るブルーのワンピースがいじらしい。

(2014.4.1 なかのZERO小ホールにて)

映画公式サイト以下ネタバレあり




エマはなぜアデルと別れたか。もちろん第一義的にはアデルが男性と寝たことが許せなかったのだが、徐々にアデルの愛のあり方と自分の生き方にずれがあるように感じていったのではないかと想像する。エマはレズビアンだが、アデルはもともとそうではなかった。ただエマその人を愛しただけで、対象が女性か男性かの区別を意識していなかったのだと思う。エマはアデルが女性だからこそ愛したのであって、そもそもの出発点が違っていたような気がする。女性と恋愛関係にあることを微妙に外には隠したがるアデルにも、エマは満足できなかったに違いない。二人の違いはそのまま、二人の家族のあり方にもあらわれている。アデルをエマの恋人として遇するエマの両親。エマを単なるアデルの年上の友だちとして遇するアデルの両親。これが象徴的だった。
posted by すいっち at 11:06| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
観てきました。
私も同性愛物としか知らなくて鑑賞したのですが
主演二人の演技が圧巻でした。
アデル・エグザルコプロスは当時19歳なんですね。
常に口が半開き。
レア・セドゥの笑顔が頭から離れません。

あの7分間は長すぎです。
ゲーってなりました。
私も
『ラスト、コーション』が頭をよぎりました。ラストコーションはゲーとはなりませんでしたよ(笑)
大変だなあと思ったくらいで。

8人ぐらいの入りだったのですが2時間ぐらいで
2人退席。

前列にいた老夫婦のおじいちゃんが
おばあちゃんに話かけたり(おばあちゃん無視)独り言?が多くて
集中できなかったのが残念でした。

「エヴァの告白」のときも居たんですよね
この老夫婦(かなり高齢)
毎日、通ってそうです(苦笑)
Posted by chizu at 2014年04月18日 09:37
>chizuさん

観ていらしたんですね!
私は試写ですからほぼ満員で、年代もまちまちでしたが、長さに耐えられない方もいらしたのですかー。
やはり二人の圧巻の演技を楽しむ映画だと思いました。

あまりハマってしまったので、原作漫画の翻訳版ではなくフランス語版を取り寄せて、ついさっき届いたところです。画風はあまり好みではありませんが、ストーリーが映画とは違うそうなので、これから楽しみに読んでみます。
Posted by すいっち at 2014年04月19日 12:33
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