2014年08月07日

『私の男』

監督:熊切和嘉
原作:桜庭一樹「私の男」(文藝春秋刊)
脚本:宇治田隆史
出演:浅野忠信、二階堂ふみ、高良健吾、藤竜也、モロ師岡、河井青葉、山田望叶、三浦誠己、三浦貴大、広岡由里子、安藤玉恵、吉村実子、ほか
2013年

早く観に行かないと終わってしまいそうなので、先日慌てて観に行って来た。原作は読んでおらず、浅野忠信と二階堂ふみが出演する禁断の愛の物語らしいという程度の知識しか入れないでいたが、第36回モスクワ国際映画祭コンペティション部門で、最優秀作品賞と最優秀男優賞を受賞するなど、評価も高いので楽しみにしていた。

北海道を襲った津波で孤児となった10歳の少女・花。家族を持たない遠縁の男・淳悟(浅野忠信)が彼女を引き取ることになる。車の中で淳悟は花に言う「俺はおまえのものだ」と。花(二階堂ふみ)は16歳になり、紋別で普通の高校生として淳悟と暮らしていた。ある日、流氷の海で殺人が起こる。誰が何のために?花と淳悟の隠された秘密とは?

とりわけメインキャストに台詞が少なく、生き物がたてるような、流氷のきしむ音の印象的な映画だ。この音がざわざわと不穏なものを観ている者に投げかけてくる。雪の北海道が舞台で、孤独な2人の生き方がストーリーとなれば、静謐な映画のように聞こえるが、実際はそうではない。常に奥底に濃密な人と人との繋がりの熱を感じさせて、むしろ息苦しいような気分にさせる。

淳悟と花との関係は、客観的描写によるのではなく、それぞれのふとした仕草から感じ取れるものが多い。浅野と二階堂という実力ある者同士が演じているからこそ実現した空気だと思う。原作を読んでいないので、本当のところはわからないが、この2人の間にあるのは、愛というより、繋がった絆を何が何でも切るまいとする執念のように思える。そういう作り方が、この映画を単なるラブストーリーにしないことに成功しているのだろう。官能とはまだ縁遠いような若い二階堂をして、大いなる「女・性」を醸し出させているのは、彼女の資質によるものが大きいだろうが、演出の仕方にももちろん関わっているはずだ。

見応えはあったが、好きな作品ではなかった。最近、普通の人ならここで言葉を発するだろうに、と思うような場面で、ことさらに俳優の表情や行動だけに語らせてしまう映像が多いのだが、私はこれが段々嫌になってきている。言葉で語れないものがあるのは、当たり前のことだが、脚本の書き手はあまりにそれを俳優に丸投げしていないか?説明的な台詞が欲しいというのではない。言いたいことを言わず、いや、言いたいことを言う言葉を持たず、フィーリング重視だったり、貧困な語彙しか持てなかったりするタイプの人間に嫌気がさしている私には、話さなくてもわかるとか、沈黙は言葉より雄弁だという考え方は胡散臭いと思えるのだ。この映画では、寡黙な2人に相対する存在として、ぐちぐちと喋る大塩(藤竜也)という男を配してバランスを取っているので、まだよいのだが、台詞があるとシリアスさを削いでしまうという考え方が見透かせるような日本映画が多いのも事実だ。

花の幼少期を演じる子役(山田望叶)はどこかで見た顔だと思ったら、NHK朝ドラ「花子とアン」で、吉高由里子の子供時代を演じた子だった。この子はかなりよかった。そして、大人になって綺麗にメイクもした花の美しいこと!二階堂の真骨頂ここにありと思える変貌ぶりだった。

(2014.8.3 新宿ピカデリーにて)

映画公式サイト








流氷の上で大塩に対して叫ぶ花の台詞が部分的に聞き取れなかった。劇場の音響のせいか、私の耳が悪くなったのか。原作を読まなかった私にとっては、ここで初めて淳悟と花が血の繋がった本当の親子であることを知るのだが、その肝心なシーンで、喚きながらの台詞が聞こえなかったのはとても残念だった。「知ってる!」だけはかろうじて聞き取れたが、あそこだけでももう一度観たい気はする。
posted by すいっち at 15:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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