2016年05月06日

『リップヴァンウィンクルの花嫁』

監督・脚本:岩井俊二
出演:黒木華、綾野剛、Cocco、原日出子、地曳豪、和田聰宏、毬谷知子、夏目ナナ、金田明夫、りりィ、ほか
2016年

いろいろ落ち着かない日々を過ごしている間に、もう観てから3ヶ月以上も経ってしまい、記憶もほとんど薄れてしまったが、次の記事を書くために、一応感想を書いておかねばなるまい。これは好き嫌いがはっきり分かれる映画だと思うが、私には全然だめだった。黒木華、綾野剛といった好きな俳優さんが主演なのに、つまらなかった大きな理由のひとつは、黒木演じる七海のキャラクターが、近年よくある設定の、ウジウジして自己主張のできないもどかしすぎる女性で、これっぽっちも共感できなかったことにある。これを等身大と称するのかも知れないが、映画の中でまで、こういう自ら不遇を招くようなタイプの人物像を見たいとは思わないのだ。そのように嫌気を催させるほど黒木華が上手いと言えるのだろうが、エンディングに向かって七海のアイデンティティが解放されるまで忍耐力が続かない。

一方、綾野剛演じる安室のキャラクターは、変幻自在の謎の男で、こちらは躍動感があり、決して善人ではないのにむしろ魅力的に見える。

まったくの個人的な嗜好によるのだが、Coccoが私はどうにもこうにも苦手だ。その純粋さが痛々しく、見ていられないほどの居心地の悪さを感じる。彼女の登場場面だけ、フィクションではなくドキュメンタリーであるかのような生々しさなのだ。作品自体、現実とも夢ともつかぬ部分はあるのだが、そのふわりとした手触りのところを、荒々しく引っ掻いてずたずたに切り刻むと言ったら良いだろうか。彼女の存在感がそれ以外の要素をすべて覆い隠してしまっている。毒をはらんだ作品は私は好きなのだが、これは実に後味の悪い映画だった。
(2016.5.6 テアトル新宿にて)
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2015年09月19日

『天空の蜂』

監督:堤幸彦
原作:東野圭吾「天空の蜂」講談社文庫
脚本:楠野一郎
出演:江口洋介、本木雅弘、仲間由紀恵、綾野剛、國村隼、柄本明、光石研、佐藤二郎、やべきょうすけ、手塚とおる、松島花、石橋けい、前川泰之、松田悟志、森岡豊、カゴシマジロー、竹中直人、落合モトキ、向井理、永瀬匡、石橋蓮司、ほか
2015年

話題作を初日に観に行って来た。原作は読んでいないが、東野圭吾のこと、ストーリーは面白いはずだし、豪華キャストだし、事前宣伝によればスケールが大きく迫力満点ということで、ある程度期待していたのは事実だ。

見終わってまず映画のことより、原作のことを考えた。この小説が15年前に書かれたものとは、本当に驚きだ。原発の危機、今の日本にこれほど説得力のある脅威はないだろう。もちろん、現実には大震災により原発が破壊され、物語は重量ヘリが原発に落とされるかどうかだから、事情は違うが、危機が迫ったときの政府・行政・原発管理者・警察・自衛隊・一般人、それぞれの思惑が複雑に絡み合う様は、3.11のことをありありと思い出さずにはいられない。まさに未来を見通している小説だと思えた。観た今は、これから原作を読むつもりでいる。東日本大震災直後だったら、この映画は作れなかっただろうし、今でも原発に危機が迫るという設定の映画など観たくない方もおられるだろう。それでも、エンターテインメントとして大変面白く出来ていたし、絵空事と思えなかったためだろうか、俳優陣もとりわけ熱を入れて演じていたように思う。

1995年のこと、自衛隊に納入する直前の最新鋭の大型ヘリコプター、通称「ビッグB」が、お披露目の日に何者かの遠隔操作によって、製作会社錦重工業の格納庫から飛び立ってしまう。ビッグBはパイロットなしで飛行が出来るという特性を備えたヘリだ。だが無人のはずのビッグBには、設計者である湯原(江口洋介)の息子がひょんなことから忍び込んでおり、ヘリはこの子供とともに飛び立ち、福井県の高速増殖炉「新陽」の真上でホバリングする。大騒ぎになった頃に、ヘリを盗んだ容疑者からコンタクトがあり、交換条件が提示される。それは日本にあるすべての原発を使用不能にしろというものだ。条件を飲まない場合は、ヘリをホバリングさせたままで動かさない。そうすればやがて燃料が尽きてヘリは新陽に落下する。ヘリには大量の爆薬が積まれているという。ひとりヘリの中にいる子供はどうなるのか、ヘリの燃料の尽きる8時間後までに、湯原や原子炉設計者の三島(本木雅弘)・発電所を管理する炉燃・警察・消防・自衛隊・政府が、各自の立場で策を練る。もし新陽が爆破されれば、日本の大部分が壊滅的放射能被害を受け、今後数百年人の住めない地域になってしまう。犯人の究極の目的は何か、政府は条件を飲むのか、子供と日本の運命はいかに?

冒頭の音楽から惹き込まれた。蜂だ。ブンブンという羽音を思わせるうねりのようなメロディーが、気持ちをザワッとさせる。テンポ良く話がどんどん展開してゆくが、目まぐるしくはない。あまりシーンの余韻を感じさせないところが、映画的というよりテレビ的でもあるのだが、浅い感じはしない。巨大ヘリに代表されるメカ面の迫力も十分で、宣伝通りのスケール感だ。それでも真の主役はやはりストーリーだろう。原発、自衛隊、政府、あまりにもタイムリーなその道具立てには注目せざるを得ないし、今だからこその理解度が見る側にはある。

登場人物も魅力いっぱいだった。特に本木雅弘。大人の不気味な迫力が出てきて、失礼ながら予想を遥かに超える好演だった。役柄が違うと言ってしまえばそれまでだが、『おくりびと』の時より何十倍もよかった。これだけ多くの組織が絡みあう話だと、どこかが突出して優れた組織で、他はやや無能に描かれることも多いのだが、この映画ではそうではなかった。警察が舞台の物語でない限り、揶揄される対象になりがちな警察が、一番印象に残った。参考人聴取をおこなう刑事・高坂を演じる手塚とおるが非常に気に入った。癖のある役(たいていは悪役に近い)の多い俳優さんだが、今回の役では癖はあるが有能な刑事だ。その部下役の落合モトキと松島花もよい味を出していて、この3人だけで面白いドラマが作れそうだと思うほどだった。

最後の最後まで手に汗握る展開でエンディングを迎えるが、結末がわかっても爽快感とはほど遠いズシンと重い何かが残った。あまりにも色々考えさせられるストーリーである。

(2015.9.12 ユナイテッド・シネマとしまえん にて)

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2015年05月30日

『海街diary』試写会

監督・脚本:是枝裕和
原作:吉田秋生『海街diary』(小学館「月刊フラワーズ」連載中)
出演:綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆、広瀬すず、加瀬亮、鈴木亮平、池田貴史、坂口健太郎、前田旺志郎、キムラ緑子、樹木希林、リリー・フランキー、風吹ジュン、堤真一、大竹しのぶ、ほか
英題:Our Little Sister
2015年

久しぶりに試写会が当たったので、見たかった映画だし、喜んで先週行ってきた。

是枝作品としては珍しく、人気女優を4人も集め、舞台は鎌倉、原作は漫画ということで、いったいどんな作品に仕上がっているのだろうと、非常に興味があった。私たちはキャストをよく知っているけれど、知名度のない外国で彼女たちの存在は、巨匠コレエダの作品中でどのように評価されるのだろうと、それも知りたかった。

幸田幸(綾瀬はるか)、佳乃(長澤まさみ)、千佳(夏帆)は、15年前父が他の女性と暮らすために家族を捨て、母(大竹しのぶ)も再婚のため家を出て以来、3人だけで鎌倉の一軒家に暮らしている。ある日、山形から父の訃報がもたらされた。父の再々婚相手からだ。悲しむには、合わずに長い時間がたちすぎていたが、3姉妹は父の葬儀に出るために山形を訪れる。父には再婚のときの娘、中学生のすず(広瀬すず)がいる。血の繋がらない母親と兄弟との今後のすずの生活に不安を覚えた幸は、すずに鎌倉で一緒に暮らさないかと声をかける。

4姉妹はいずれもくっきりとした性格設定がなされており、どのキャストも見事にはまっている。しっかり者で融通のきかない長女、都会風な装いと風貌で男性との付き合いも密な二女、天然で甘ったれな三女、そして複雑な家庭環境のゆえに思慮深く気配りをしすぎる四女。あまりにもイメージとぴったりなキャスティングであるため、意外性には乏しい。この人の新たな面を見たかったな、という希望があったとしても、それは残念ながらかなえられない。しかし、どの女優も十分よかったと思う。

優しい優しい映画である。些細な感情の行き違いや、登場人物の内面の葛藤はあるにせよ、それらが顕著な形で表出したりはしない。日常の中にほんのちょっと立った波風を物語に仕立てたに過ぎない。だからこそ、ディテイルが大切になってくると思うが、そこは名手是枝監督のこと、人の自然な描写、ことさらに愛情を強調しない節度、鎌倉という舞台を大げさに取り上げない抑制された画面は好ましい。人生の中で誰もが何かを決断しなければならないことがあるが、映画の登場人物たちは、家族の愛情に支えられて、自ら決めた人生を歩んで行く。そういうところが清々しい。

『奇跡』でよい演技を見せていた前田旺志郎が出演していた。大きくなったものだという感慨とともに、ちゃんとした俳優に育ったなと感じた。

ただ私は是枝作品にある優しさの中の毒が好きでもあったので、そういう見方からすれば、物足りない映画だ。試写日は、カンヌのパルムドールが決まる前日だったが、見終わって、この映画はパルムドールには届かないだろうなと思った。

(2015.5.24 よみうりホールにて)

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2015年05月05日

『セッション』

監督/脚本:デイミアン・チャゼル
出演:マイルズ・テラー、J・K・シモンズ、メリッサ・ブノワ、ポール・ライザー、オースティン・ストウェル、ネイト・ラング、ほか
原題:WHIPLASH
2013年アメリカ


DFA_4072.JPGこのところ、ちっとも映画館に足を運ばないので、連休くらいは何か観に行かなくてはと、オープンしたばかりのTOHOシネマズ新宿へ出かけた。この劇場で観たいものは、3本程度あったのだが、良い席の残っていた『セッション』を観ることにした。歌舞伎町にシネコンが出来たことで、確かに人の流れが変わったようだ。新しいシネコンに人気が集まったのか、地の利の良さか、連休まっただ中のせいか、最近ないほどの盛況で、どのスクリーンも満席のようだった。

オスカーを3部門で獲得し、前評判が非常に高かっただけあって、大変スリリングで面白い作品だった。これを選んで良かったと思える。原題の"WHIPLASH"は劇中で何度も演奏されるジャズ・ナンバーのタイトルである。わかりやすくしたかったのだろうが、邦題を『セッション』にする積極的理由はないような気がする。『ウィップラッシュ』でもよかったのでは?

アンドリュー・ニーマン(マイルズ・テラー)は、名門の音楽大学に入学したばかりの1年生。ジャズドラマーとして超一流になるのが夢だ。その彼が伝説の鬼教師と言われるフレッチャー(J・K・シモンズ)の目にとまる。フレッチャーのバンドで成功すれば、各方面からのスカウトが殺到し、偉大な音楽家としての道が開かれる。有頂天になったニーマンだったが、フレッチャーの完璧を求める過酷なレッスンは、ニーマンの想像の域を遥かに超えていた。人格を全否定するほどの罵声を浴びせる、平手打ちをする、スティックを握る手から血が出ても容赦はしない、罠を仕掛ける。常識を越えた狂気のレッスンに、ニーマンの精神は徐々に追い詰められて行く。師弟という人間関係だけでは理解し得ない二人の対決の結末は?

フレッチャー鬼教師ぶりがまず見ものだ。台詞の激しさ、表情もさることながら、J・K・シモンズの身のこなしが素晴らしい。とりわけ腕と手の動き。これをカメラが実に効果的に捉えている。アカデミー賞でシモンズは助演男優賞に輝いたのだから、彼の演技の素晴らしさは私などが指摘するまでもないことだが、のほほんとしていたニーマンの表情が徐々に変貌していくところも注視に値する。名門大学に入学して、家族からはちやほやされ、ニーマンはやや高慢ちきなところがあった。それが、フレッチャーに徹底的に痛めつけられることによって、プライドに揺らぎが生じ、彼の人格は根底から揺さぶられることになるのだが、その少しずつの変化をマイルズ・テラーはうまく演じていたと思う。

脚本も映像も俳優もみな良かったし、レッスンやコンサートのシーンは満足だが、それ以外のシーン、例えばニーマンと父親とか、ニーマンと女の子のデートシーンなどで、印象があまり変わらないように思えたのだ。これはわざとそうしたのかも知れないが、もうちょっとメリハリがあってもよかったかなと感じる。ジャズ以外のシーンでの、おまけ的な印象が拭えなかったからである。

(2015.5.4 TOHOシネマズ新宿にて)

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2015年02月25日

『アメリカン・スナイパー』

監督:クリント・イーストウッド
原作:『ネイビー・シールズ 最強の狙撃手』クリス・カイル、スコット・マクイーウェン、ジム・デフェリス著(原書房)
脚本:ジェイソン・ホール
出演:ブラッドリー・クーパー、シエナ・ミラー、ルーク・グライムス、ジェイク・マクドーマン、ケビン・ラーチ、コリー・ハードリクト、ナビド・ネガーバン、ほか
原題:American Sniper
2014年アメリカ


ほとんど何も事前情報は入れず、クリント・イーストウッド監督の最新作であり、評判が高いということだけで観に行ったが、期待に違わず、本当に見応えのある作品だった。実話の映画化であり、2年前まで存命だった人を描いているのだが、実話を越えたリアリティーというのはこういう作品を言うのではないかと思えた。もちろん、原作(主人公の回想録)は読んでいないので、そう判断するのは無謀ではあるのだが。

クリス・カイル(ブラッドリー・クーパー)は、カウボーイになることを夢見るテキサス生まれの少年。厳格な父親に手ほどきを受けたライフルの腕は確かなものだ。長じて、国を守りたいという正義感にかられ、クリスは海軍の特殊部隊「ネイビー・シールズ」に志願する。過酷な訓練の後に彼らに与えられた使命は「番犬」になること。つまり、狙撃の腕を生かして味方の兵を守ることだ。結婚して日を置かずして、クリスに派遣の命が下る。卓越した狙撃の腕で、クリスは「伝説」と呼ばれるようになり、4回の派遣をこなす。国では妻と子が待っており、彼の除隊の日を心待ちにしている。良き夫と父である一方、米軍史上最多と言われる160人を射殺したクリス。彼には葛藤はあるのか。無傷で除隊の日を迎えることができるのだろうか。

二昔前は戦争映画と言えば、舞台は第二次世界大戦。時代を下るとベトナム戦争。そして今なお混迷を深めるイラク戦争が、この映画の舞台である。高度成長期から世の中は平和だという意識に慣れてしまった島国日本の我々と異なり、アメリカはどの時代も戦争と無縁であったことがないことを思い知らされる。イーストウッド監督は『父親たちの星条旗』『硫黄島からの手紙』で第二次大戦を描いたが、今作では戦闘場面の凄まじさと、人間性の内面をより深く掘り下げたことで、それらを凌駕しているように思える。

クリス・カイルはほとんど非の打ち所のない人物として登場する。凄腕の射撃手であり、「伝説」と呼ばれてもそれを鼻にかけることはなく、かと言ってことさらに卑下することもなく、戦友思いで家族思い。けれども彼は単なる楽天家ではない。人にも言わないし、表にも出さないが、人を殺すことを含めた戦争の過酷さが徐々に彼の心を蝕んでゆく。その辺の微妙な変化を、ブラッドリー・クーパーは丁寧に丁寧に演じていて、大変好感が持てた。アカデミー賞の主演男優賞にノミネートされたのも当然と言えるだろう。狙撃手であるから、カメラは頻繁に彼の目をアップで追う。それが素晴らしい映像となって迫ってくる。クルンとカールした睫と標的を見据える無心の目に見入ってしまう。そして敵のスナイパー役の俳優さんの目も同じく印象的だ。

戦闘場面の迫力というのは、なにも爆発物の威力や圧倒的な数の軍隊でのみ表されるのではないということが、この映画を見るとよくわかる。本物同様に兵士の動き、目の配り方、突入の仕方を身につけた素晴らしい俳優たちの動きや、巧みなカット割り、セットの素晴らしさで、とてつもない臨場感を感じさせるやり方だ。味方の動きばかりではない。敵の攻め方(一見米軍のような統率の取れた部隊ではなく、ゲリラ戦に長けた兵士たちというのがよくわかる)や人員の配置までもが見事で不気味だ。

そして、戦争経験のPTSDに関しても、この作品ではしっかりと捉えてられている。本物のクリス・カイル自身、戦場では味方を救い、退役後は本国で戦争を引きずっている人を救う活動をしていたそうである。国を守りたい、仲間を助けたいという純粋な正義感にかられて過酷な体験をした人々への責任を果たさなければならないのは誰か。それはとりもなおさず国だ。勲章や栄誉や金や壮麗な葬儀で責任を果たせるわけではないと、ラストシーンを見ながら思った。

(2015.2.24 ユナイテッド・シネマとしまえん にて)
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以下ネタバレあり
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2015年01月02日

2014年独断と偏見による日本映画・外国映画ベスト3

去年は、仕事もプライベートもひどく忙しく、春以降試写会には全然行けず、映画館に足を運ぶ機会も減り、偉そうにベスト3など選ぶほどの本数が観られなかった。そんなわけで、去年の締めくくりとしての取り敢えずの3本ずつということになる。

【日本映画】
第1位 『そこのみにて光輝く』(感想はこちら
キャスト、脚本、音楽、すべての要素に満足した愛おしいと思える映画。原作通りのタイトルなのだが、このタイトルも本当に素敵。

第2位 『WOOD JOB!〜神去なあなあ日常〜』(感想はこちら
楽しい映画という観点からなら、第1位に推してもよかった作品。原作の良さもあるだろうが、最近はやりのじっとりした日本映画とは一線を画していて、実に爽やかな後味の作品だった。

第3位 『ほとりの朔子』(感想はこちら
みずみずしさに溢れた作品。青春時代の喩えようもなく美しい一瞬の輝きが、最も見事にスクリーンに描かれていた。


【外国映画】
第1位 『アデル、ブルーは熱い色』(感想はこちら
観たときの感想にも書いたが、鑑賞後数日間は寝ても覚めてもこの映画のことばかり思い出されて、最も印象深かった作品。ともかくレア・セドゥに惚れた。

第2位 『新しき世界』(感想はこちら
韓国ノワール映画の傑作。韓国俳優さんにはまったく詳しくない私が、本当に面白いと思えたのだから、いかに脚本が優れていたか、いかに俳優が的確な演技をしていたかということだと思う。

第3位 『ダラス・バイヤーズクラブ』(感想はこちら
アメリカ映画は本当に観る機会が少ないのだが、これは観に行って良かったと思える作品だった。主人公のポジティブな人間性が、日本映画では描かれることの少ないキャラクターであるだけに新鮮だった。

今年も大きな仕事を抱えているので、どれだけの本数が観られるか心許ないのだが、時間をもっと有効活用して、なるべく観に行きたいと思っている。
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2014年12月28日

『百円の恋』

監督:武正晴
脚本:足立紳(「第一回松田優作賞」グランプリ受賞作)
出演:安藤サクラ、新井浩文、根岸季衣、稲川実代子、早織、宇野祥平、坂田聡、沖田裕樹、吉村界人、松浦慎一郎、伊藤洋三郎、重松収、ほか
2014年

仕事納めの翌日、疲れ切っていたものの、このところの忙しさでまったく映画館に足を運べなかったので、とにかく何か観に行きたいと思い、安藤サクラが素晴らしいと評判のこの作品を観に行って来た。疲れたまま観に行くと、情けないことに、最近ときどきウトウトしてしまうこともあるのだが、この作品は一瞬たりとも眠くならず、最後まで緊張感が続き、たいへん面白かった。

一子(安藤サクラ)は32歳。フリーターですらなく、家業を手伝うでもなく、親に寄生しているかのような暮らしぶり。離婚した妹の二三子(早織)が子連れで実家に帰ってきたが、家業をしっかり手伝う二三子とぐうたらな一子はことごとくぶつかり、ついに大喧嘩の末、一子は家を飛び出し一人暮らしを始める。百円ショップの店員というアルバイトの口を見つけた一子は、そこで深夜シフトで働き出すが、神経質すぎる店長や、古株でお喋りの男や、廃棄弁当を狙ってくる得体の知れない女など、そこで様々な人間模様を見ることになる。

帰り道の途中にあるボクシングジムで、一心不乱に練習をするボクサー・狩野(新井浩文)に、一子は心惹かれてゆく。その狩野がある日、一子の店にバナナを買いに来る。それが縁で二人は接近し、成り行きで一緒に暮らし始めるが、狩野は間もなく他の女に走ってしまう。ボクシングに魅せられた一子は、狩野の辞めたジムに通い、猛然たる迫力で練習に励むようになる。そしてこれまで自分に価値を見いだせなかった一子は、心身共に変わってゆく。

安藤サクラはまさに見物である。自堕落な日々を送る前半では、その暮らしぶりがそのまま体型にも反映し、だらしなくついた贅肉、だるそうな身のこなし、目を背けたくなるような女性だ。それがボクシングに打ち込むようになると、贅肉はそぎ落とされて、筋肉質の体になり、身のこなしも軽くなり、何より目に光が宿る。どれだけトレーニングを積んだのだろうと信じられないほどのスピード感溢れる見事な打ち方には、ただただ感心するばかり。

安藤に負けず劣らず新井浩文も、すっかりボクサーになり切った体型で、見る者を唸らせてくれた。この作品に関しては、安藤と新井がこれ以上望めない素晴らしいキャスティングだったと思う。二人の奇妙な出会いと奇妙な関係、そして奇妙ではないエンディングへと推移する脚本は、ボクシング・シーンと巧みな二重構造になっていて、飽きさせない。台詞もウィットに富んでおり、笑えるところもたくさんある。

助演俳優さんたちも、とてもよかった。主演二人以外のキャストを知らないまま観た私は、二三子を演じている女優さんは長澤まさみにそっくりだけれど、誰だろう?と思っていた。あとで名前を確認しても、早織という名前に記憶がない。そこでWikipediaなどを調べてみると、なんと「帰ってきた時効警察」で真加出を演じた小出早織だったのだ。これには本当に驚いた。そうわかってみても、まったく同一人物とは思えない。時効のときは、垢抜けない女の子という印象だったが、おそらくずいぶんスリムになり、目も大きくなったような気がする。そして演技も、常にイライラして一子に当たり散らす妹を、こちらも迫力満点で演じていた。

松浦慎一郎演じるトレーナー役と一子もなかなか良いコンビだったし、スパーリングや試合のシーンが作り物めいておらず、迫力満点だったことが、映画の質をぐんと上げていたことも確かだろう。

全体的な印象としては、底辺に近い人々を描きながらも、じっとりしておらず、むしろ爽快感があり、日本映画としては珍しいニュアンスを持った作品に思えた。強いて言えば、イーストウッド監督作品のような風味の感じられる映画だったと思う。

(2014.12.27 テアトル新宿にて)

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2014年11月09日

『リスボンに誘われて』

監督:ビレ・アウグスト
脚本:グレッグ・ラター、ウルリッヒ・ハーマン
原作:パスカル・メルシエ「リスボンへの夜行列車」(早川書房刊)
出演:ジェレミー・アイアンズ、メラニー・ロラン、ジャック・ヒューストン、マルティナ・ゲデック、トム・コートネイ、アウグスト・ディール、ブルーノ・ガンツ、レナ・オリン、クリストファー・リー、ジャーロット・ランプリング、ほか
原題:NIGHT TRAIN TO LISBON
2012年ドイツ・スイス・ポルトガル

友人が今年観た洋画の中でナンバーワンだと言っていたので、終わらないうちにと思い、観て来たが、映像の美しさとジェレミー・アイアンズの素晴らしさで、実際心に残る作品だった。

ライムント・グレゴリウス(ジェレミー・アイアンズ)は、スイスのベルンの高校で古典文献学を教える教師。妻としばらく前に離婚してのひとり暮らしだが、とりわけ波風の立たない日常を送っていた。ある雨の日、通勤途中で橋にさしかかると、今にも川に身を投げようとしている若い女性を目撃する。すんでのところで助けられた女性はライムントに、一緒に行ってもよいかと尋ねる。やむを得ず彼女を学校まで連れてきたが、やがて女性はコートを残して姿を消す。授業を中断し、彼女の後を追うライムントは、コートに残されていた1冊の本に気づく。本にはリスボン行きの列車の切符が挟まれており、迷った揚げ句、彼は授業をすっぽかし、その列車に乗り込み、ポルトガルのリスボンに向かってしまう。車中で本を読み出したライムントは、その心を打つ内容にすっかり魅せられ、著者であるアマデウ・デ・プラド(ジャック・ヒューストン)を探そうと思い始める。著者の家はほどなく見つかり、アマデウの妹アドリアーナ(シャーロット・ランプリング)と話をすることができるが、彼女は何か秘密をかかえているようだった。アマデウとは何者なのか、なぜこの本を書いたのか、姿を消した女性は何者なのか。異国の地でのライムントの真実探しが始まる。

まず冒頭のベルンの街の映像から惹き混まれる。陰鬱な雨のベルンから一転明るいリスボンへ。どちらもヨーロッパの古い町並みが非常に印象的で、歴史があるということはこういうことなのだと、しみじみ感じさせてくれる。ど派手なネオンや広告のない町並みのなんと優雅なことか。舞台となるリスボンの街の雰囲気だけで、ああ素敵な映画を観たなあという気分になる。それに、普段あまり耳にしない個人の、ライムント、アマデウ、エステファニアなどというエキゾティックな響きの名前を聞くだけで、気持が浮き立つ。

ストーリーは、自殺未遂した女性のことより、本の作者アマデウの過去をひもとくことに焦点が当てられる。女性が何者であるかは、かなり最後のほうにならないとわからない。アマデウという人物を知るには、1970年代の独裁政権下のポルトガルで、革命の機運が高まっていたことを理解する必要がある。「レジスタンス」という言葉を聞くと、第二次大戦下のフランスを真っ先に連想してしまうが、1970年代のポルトガルについての知識がほとんどなかったので、その意味でも興味深いストーリーだった。

もちろん過去をひもとくだけでなく、現代のライムントの個人的生活もこのリスボン旅行によって、徐々に変化の兆しを見せてくる。眼科医マリアナ(マルティナ・ゲデック)との出会いがあったり、滞在するホテル経営者とのちょっとしたやりとりや、授業をいつまで休む気だ?と頻繁に携帯に電話をかけてくる校長との応答など、楽しい要素もちりばめられている。エンディングは秀逸。

ジェレミー・アイアンズは、リスボンで過ごすうちに、表情にはりが出てくるライムントの変化を繊細に演じていて感動する。シャーロット・ランプリングは好きな女優さんだが、存在感が強すぎて、彼女ばかり目立ってしまったようにも思う。この人が後年のエステファニアを演じればよかったのにと、ちょっと思ったが、上流階級の雰囲気を出すためには、アドリアーナ役が彼女でなければならなかったのだろう。

(20147.11.8 新宿シネマカリテにて)

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2014年11月03日

『美女と野獣』(2014)

監督/脚本:クリストフ・ガンズ
出演:レア・セドゥ、ヴァンサン・カッセル、アンドレ・デュソリエ、イボンヌ・カッターフェルト、ほか
原題:La Belle et La Bête
2014年仏独合作

あまりにも有名なフランスの古い物語『美女と野獣』は、これまでに数多くの翻案を生み出し、映像化、アニメ化、舞台化されている。おそらく一番有名なのは、私は観ていないがディズニーのアニメなのだろう。この物語がヴァンサン・カッセルとレア・セドゥで実写化されるとあっては、観ないわけにはいかない。二人とも大好きな俳優さんだからである。実際、このキャスティングは本当に素晴らしかった。レア・セドゥは心根が優しく、美しいけれども芯が強く、好奇心旺盛な娘としてのベルを魅力的に演じ、ヴァンサン・カッセルは、悲しい過去を持ち、凶暴ではあっても愛を待ち望んでいる存在としての野獣を、情感たっぷりに演じている。二人の年齢差にもかかわらず、ラブストーリーを演じて違和感を感じさせない雰囲気作りはさすがだ。

全体として、ダークファンタジーを思わせる画作りだ。おどろおどろしい野獣の居城、それを取り巻く鬱蒼とした不気味な森だけでなく、登場人物の衣装も、多くは沈んだ配色(ベルの衣装だけは明るい色が多いが)で、贅沢な質感を感じさせるものだ。衣装は本当に見事である。薔薇の咲き乱れる城内や庭園も、美しいばかりでなく、不穏さも併せ持ったしつらえとなっている。この舞台装置が非常に気に入った。

物語は、昔話の本を母親が幼い子供に読み聞かせるという導入の仕方をとっている。子供たちが目を輝かせて話の続きをせがむように、観客にも早く続きを観たいと思わせる仕掛けだ。巷間に知られているボーモン夫人版(オリジナルのヴィルヌーヴ夫人版を縮めたもの)の物語には描かれていない野獣の過去についての描写を採り入れたことが、今作の特徴であるらしい。脚本においても演出においても、そこが苦労したポイントなのだろうが、私はそこだけが、ちょっと現代的な処理に思えて、気に入らなかった。具体的に言えば、野獣の城に出没する小さき者たちである。これが何をあらわすのかはすぐ気づいたが、CG以外の何物でもない彼らの造作に、ややシラけたというのが正直なところである。これが『ハリー・ポッター』シリーズや、アニメだったら、これでも良かったのだろうが、全体の古色蒼然としたトーンとミスマッチに思えたのである。そして、巨大な石像もそうだ。これが現代的な作り物の域を出ていないように感じる。

それ以外の点は、野獣の過去についても、なるほどと思わせる説得力があり、決して単なるお伽噺中の王子さまのように無垢な存在ではなく、傲慢だった過去の自分に常に向き合わされて苦悩する獣とされていて、物語の厚みを感じさせてくれた。

≪Plus que tout au monde.≫(プリュスク トゥート モンド)「誰よりも愛しい」、馬の耳にささやくまじないの言葉が耳に残る。

なお、『美女と野獣』はディズニーも実写版を製作中で、ベルをエマ・ワトソンが演じるとか、当初メガホンを取る予定だったデル・トロ監督が降板したとか、いくつかの噂が聞こえてきている。エマのベルも観てみたいなあと思う。

(2014.11.2 ユナイテッド・シネマとしまえん にて)

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2014年10月10日

『ジャージー・ボーイズ』

監督:クリント・イーストウッド
脚本/ミュージカル版台本:マーシャル・ブリックマン、リック・エリス
出演:ジョン・ロイド・ヤング、エリック・バーゲン、マイケル・ロメンダ、ビンセント・ピアッツァ、クリストファー・ウォーケン、マイク・ドイル、レネー・マリーノ、エリカ・ピッチニーニ、ほか
原題:JERSEY BOYS
2014年アメリカ

クリント・イーストウッド監督作品はいつだって魅力的だし、フォー・シーズンズの楽曲も好きだが、ミュージカルを好まない私は、観に行こうかどうしようか迷っていた。それでも、かなり評判がよいので思い切って(というほどのことはないが)観に行ってみたところ、これが大正解だった。ミュージカル臭さ(ミュージカル愛好者の方には失礼な言い方だが)は微塵もなく、しっかりとこれは映画だと思わせてくれる良い作品になっていたのだ。

「シェリー」に代表されるフォー・シーズンズの曲はだいたい知っているし、このヴォーカル・グループがどれほど人気があったかもわかっている。けれども、彼らの背景については何も知らなかった。それどころか、スターの顔がそうメディアに出ない時代だったから、フォー・シーズンズが白人のグループであることさえ長いこと知らなかった。それほどメインヴォーカルのフランキー・ヴァリの声は巧みで見事だった。

トミー役のビンセント・ピアッツァ以外の3人は、ミュージカルでも同役を演じた俳優だそうだ。監督はわざと映画界では知られていない俳優たちを選んだという。これは新鮮で良かった。大ヒットしたミュージカルはもちろん観ていないが、メンバーひとりひとりの視点からグループの歴史を物語るというストーリー展開はミュージカルと同じだそうである。この試みはなかなか面白かったし、4人のうちの誰かが突然物語を語り始めても、わざとらしさを感じさせず、すんなり受け入れることができた。

ジャージー・ボーイズというタイトルが示すとおり、ニュージャージー州の貧しい町の若者たちが、田舎くさい町から何とか成功を収めて飛び出したいと熱望する。成功が本物となっても、結局染みついたこの町の臭いは決して取れない。けれども、それが彼らの良さでもある。歌への情熱と、地域への愛着、それが物語の中心だ。そして、フィクションでもなかなかこうは行かないだろうと思えるような4人の個性の違いが楽しい。愚直なフランキー・ヴァリ(ジョン・ロイド・ヤング)、3人より出自が良く作曲の才に溢れているが実利主義者でもあるボブ・ゴーディオ(エリック・バーゲン)、メンバー同士の調整役でもある目立たないニック・マッシ(マイケル・ロメンダ)、そして金や女にだらしがなく悪事にも荷担するが、グループのフロントとして魅力のあるトミー・デヴィート(ビンセント・ピアッツァ)。若者たちを支える大人も個性的。ゲイのプロデューサー、ボブ・クルー(マイク・ドイル)やギャングのボス、ジップ・デカルロ(クリストファー・ウォーケン)がとても印象的だ。

音楽にも造詣の深い監督だけあって、音楽にまつわるシーンは実に的確な演出をしている。良い楽曲に初めて接して、知らず知らずセッションに発展してしまうところなど、深く頷けるシーンがたくさんあった。彼らの曲を知らないで映画を観る人がどう感じるかはまったく想像できない。懐古趣味は嫌だなと天の邪鬼なことを考えながら観ていても、昔好きだった歌を聴くと、やっぱり幸福感を感じてしまうのだが、過去の体験という裏打ちのない年代の人はどういう視点で観るのかなと興味深くもある。

映画の中で最初にフランキー・ヴァリ役の声を聴いたときには、正直がっかりした。アニメの変な声のような、滑稽な声に聞こえたからである。本物のフランキー・ヴァリはこんな声じゃなかったと思ってしまった。だから、その声を聴いて多くの人が驚愕するという設定なのが、なんだか嘘くさかった。それでもストーリーが進んでゆくと、さほど気にならなくなったのは確かである。50年代60年代の風が気持ちよく吹いてくる作品だったと思う。

(2014.10.3 ユナイテッド・シネマとしまえん にて)

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2014年10月03日

『イヴ・サンローラン』

監督:ジャリル・レスペール
脚本・脚色:マリー=ピエール・ユステ、ジャック・フィエスキ
出演:ピエール・ニネ、ギョーム・ガリエンヌ、シャルロット・ルボン、ローラ・スメット、マリー・ドビルパン、ニコライ・キンスキー、マリアンヌ・バスラー、ほか
原題:Yves Saint Laurent
2014年フランス

このところ日本映画ばかり観ていたので、フランス映画を観たくなり、時間と場所が都合の良いこれを選んだ。フランスのファッション界のカリスマ的デザイナー、イヴ・サンローランの伝記映画である。主演のピエール・ニネが若き日のサンローランにそっくりという評判だけは知っていたが、何も事前情報を仕入れずに行った。

サン・ローランは、デザイナーとして、またブランド名としてはもちろん良く知ってはいるものの、彼のプライバシーについては何も知らなかったので、伝記といってもフィクションを観るように、新鮮な気持ちで観ることができた。見終わったときは、彼のデザイナーとしての才能や、作品の美しさではなく、彼の個人的な愛憎の物語ばかりが記憶に残ったが、それはむしろ制作側の意図するところだったのだろう。

クレジットには、ロランス・ベナイム(本当にベナイムと読むのかどうかわからず、ブナイムかも知れないが、多くの映画情報サイトではベナイムと書かれている)著の『YVES SAINT LAURENT』という伝記を自由に翻案したものであるとしてある。ただ、原作扱いではないようだ。この映画は、サン・ローランの恋人であり仕事上のパートナーでもあるピエール・ベルジェの視線から描かれており、それがおそらく上記の著作とは大きく異なっている点なのだろう。この描き方は悪くない。

ストーリーはイヴとピエールとの運命的な出会いから、破局を迎えるまでを綴ったものだ。観る前は、題材から考えてPG12なのが不思議だったが、サンローランの男性とのラブシーンが結構あるので、なるほどと納得。イヴとピエール二人の愛が物語の中心になっていることは間違いない。そして、ディオールのミューズであったモデルのヴィクトワール(シャルロット・ルボン)とピエールとを交えた奇妙な三角関係や、カール・ラガーフェルトらとの交流などが、事情を良く知っている人には面白いところなのだろうが、いくら著名なデザイナーといっても、そのプライバシーには興味を持っていなかっただけに、よく関係がわからず、こういうことなのかなと、想像を巡らしながら観ているほかはなかった。

私としては、ピエール・ベルジェ本人が全面協力をして、サンローランの本物のコレクションを映画で使用しているということだったから、もっとそのモード面に期待していたのだが、意外に訴えかけて来なかった。女性たちにしても、なぜディオールに気に入られていたのか、なぜサンローランに気に入られていたのか、その理由が頷けるほどには描かれていなかったと思う。おそらく、最も注目すべきは、主演のピエール・ニネによるサンローランの再現性なのだろう。その面では、実際には知らなくても、こういう人だったのだろうと思わせる説得性は十分だったと思えた。


(2014.9.27 シネリーブル池袋にて)

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2014年09月04日

『テロ、ライブ』

監督・脚本:キム・ビョンウ
出演:ハ・ジョンウ、イ・ギョンヨン、チョン・ヘジン、キム・ホンパ、ほか
英題:THE TERROR, LIVE
2013年韓国

ハ・ジョンウが出ずっぱりの映画と聞いて、これは観に行かなくてはと、大いに期待しつつ映画館に足を運んだ。これが大変スリリングで面白く、ハ・ジョンウの演技力と脚本の面白さが相まって、非常に楽しめる作品だった。

ユン・ヨンファ(ハ・ジョンウ)は、かつてテレビの国民的アナウンサーだったが、不祥事のため、ラジオ局に左遷された男。ある日の番組中、リスナーとの電話コーナーに、ソウルの中心にある漢江にかかる麻浦(まぽ)大橋に爆薬を仕掛けたという電話が入る。いたずらと思ったヨンファが取り合わないでいると、局の窓から見える麻浦大橋が実際に爆発する。犯人はまだ他にも爆弾を仕掛けてあると言う。これはテロだと確信したヨンファは、犯人との電話のやり取りをテレビ生中継しようと目論む。大スクープで視聴率が取れたらテレビのキャスターに復帰させるよう元上司である報道局長(イ・ギョンヨン)に交渉し、一世一代の犯人との電話交渉ライブ中継が始まる。犯人の要求は多額の金銭と大統領の謝罪(国の不手際で父親が死んだことを恨みに思っている)だ。犯人はテレビ局の動向をしっかり把握しており、ヨンファの耳にあるイヤーモニターにも爆弾を仕掛けてあると言う。爆破された橋の一部に取り残された一般人たちの運命はどうなるのか。いったい犯人は何者なのか。大統領は謝罪に来るのか。

監督・脚本担当のキム・ビョンウは若干32歳で、これが商業デビュー映画だそうだ。韓国で各映画賞を授賞した手腕は驚くべきものがある。特に脚本がうまい。ほとんどがテレビ局のスタジオ内でストーリーが展開し、まるでワンシーン・ワンカットのような印象を与えるが、まったく飽きることがない。ヨンファの野心と良心と恐怖のあいだで揺れ動く心が見ものだ。

同じようにテレビ局内だけでストーリーが展開する「フジテレビNEXT」の開局記念連続ドラマ『ニュース速報は流れた』(2009年)も面白かったが、あちらは群像劇だった。『テロ、ライブ』は、有名な橋の爆破という派手な映像と、ハ・ジョンウの孤軍奮闘によって、テレビ局内部の人間関係や、醜い視聴率至上主義や、裏側に潜む陰謀や、果ては国家の資質まで暴き出してゆき、奥深いエンターテインメントになっている。

助演陣では、報道局長を演じるイ・ギョンヨンとジュ長官を演じるキム・ホンパが、いかにもというステレオタイプな嫌なヤツを受け持っている。警察のテロ対策チーム長パク・ジョンミンを演じたチョン・ヘジンと、ヨンファの元妻でテレビ局記者のイ・ジスを演じたキム・ソジンという二人の女優さんがとても良かった。

本当に面白かった映画には、あれこれ感想を述べなくてもいいやと思ってしまうのだが、ひとつだけ気になったことがある。犯人役の俳優さんの風貌がちょっと拍子抜けだったのである。

(2014.9.2 ヒューマントラストシネマ渋谷にて)

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2014年08月24日

『るろうに剣心 京都大火編』

監督・脚本:大友啓史
脚本:藤井清美
原作:和月伸宏「るろうに献身 - 明治剣客浪漫譚-」(集英社 週刊少年ジャンプ)
出演:佐藤健、武井咲、青木崇高、蒼井優、大八木凱斗、江口洋介、伊勢谷友介、土屋太凰、田中泯、宮沢和史、小澤征悦、藤原竜也、神木隆之介、滝藤賢一、三浦涼介、丸山智己、高橋メアリージュン、ほか
2014年

前作を凌ぐ迫力と評判が高いので、観に行って来た。印象は前作と変わらないが、個人的には前作のほうが好みだ。今回は、剣心(佐藤健)の敵として3人がクローズアップされる。抜刀斎(剣心の前身)の後継者として明治維新まで人斬りを務めた志々雄真実(ししお まこと=藤原竜也)、志々雄が率いる強力部隊「十本刀」のトップである瀬田宗次郎(神木隆之介)、そしてお庭番の元頭領である四乃森蒼紫(しのもり あおし=伊勢谷友介)だ。この3人を前面に押し出すあまり、剣心の影が薄くなってしまった印象があるのだ。完結編である「伝説の最期編」を控えているので、とりあえずこの「京都大火編」では、敵の強さを印象づけておこうということなのだろう。事実、「京都大火編」では、3人の敵は誰も死なないし、何かが大きく動いたというストーリー展開ではない。

コミックが原作だし、時代が時代だけに、服装が様々なのはもちろんわかるが、さすがにあまり現代的すぎるビジュアルだとシラけてしまうのも確かだ。気になったのは、十本刀のひとり沢下条張(さわげじょう ちょう=三浦涼介)。出で立ちと物腰暴走族、ヘアスタイルに至っては金髪を逆立て、まるで往年のX JAPAN。これはちょっと迫力というより滑稽さが先に立ってしまって、ストーリーに集中できない。剣心、相楽佐之助(青木崇高)、神谷薫(武井咲)、高荷恵(蒼井優)らがいつもながらの服装なので、それとの差別化ということだろうが、どうも衣装ばかり気になって仕方がない。

藤原竜也という俳優は、あの童顔がどうもピンと来ないのだが、今回はまったく顔が見えない役どころだったので、失礼ながらとても良かった。さすが舞台で鍛えた発声は、童顔を忘れさせるに十分迫力があり、抜きんでているなと思えた。

一番見どころだと思ったのは、田中泯演じる元お庭番・柏崎念至と四乃森蒼紫との戦いだ。田中の踊りで鍛えた身体と美しい身のこなしは、別格で、本当なら柏崎のほうが勝つだろうにと思えるほどだった。やはり、戦いのアクションが最大のポイントとなるこの映画。ストーリーや設定をどうのこうの言っても始まらないわけで、アクションだけを楽しむのなら、十分のエンターテインメント性を備えているけれども、やっぱりそれだけではつまらないなと思えてきた。「伝説の最期編」では、再び剣心に光が当たるだろうか。

(2014.8.13 ユナイテッド・シネマとしまえん にて)

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2014年08月12日

『超高速!参勤交代』

監督:本木克英
脚本:土橋章宏(講談社「超高速!参勤交代」)
出演:佐々木蔵之介、深田恭子、伊原剛志、寺脇康文、上地雄輔、知念侑李(Hey! Say! JUMP)、柄本時生、六角精児、市川猿乃助、石橋蓮司、陣内孝則(特別出演)、西村雅彦、ほか
2014年

ロングランのおかげで、公開から8週間目に入っても観に行くことができた。他愛なさそうに見えて、うまく勘所を押さえた本当に楽しい映画だったので、人気の理由もわかろうというものだ。

八代将軍吉宗の時代、磐城の国。弱小藩である湯長谷藩(ゆながやはん/現在の福島県いわき市)の藩主・内藤政醇(まさあつ/佐々木蔵之介)以下藩士たちは、1年におよぶ江戸への参勤から故郷へ戻ってきたばかりであった。やれやれとくつろいでいた政醇の元に、江戸からとんでもない命令が届く。湯長谷藩の金の産出に関して虚偽の報告がなされているふしがあるため、5日のうちに江戸に参勤して釈明せよというお上からのお達しだ。もちろん偽りの報告などしていない。もともと財政が逼迫しているなか、金のかかる参勤交代を済ませたばかりで、すぐに再び参勤を行う蓄えなどあるはずもない。しかも通常10日はかかる江戸までの道のりを5日でという無理難題。これは、無理矢理湯長谷藩を取り潰して私腹を肥やそうと目論見む幕府の老中・松平信祝(のぶとき/陣内孝則)の陰謀によるものであった。参勤交代に必要な大名行列を仕立てる金もなく、人もなく、何より時間がない。重臣会議でも誰も打開策を見いだせないまま、むなしい議論が続く。そこに藩主・政醇の一声「5日のうぢに江戸へ行ぐ!」小藩と侮られることに磐城魂が爆発したのだ。彼らはどのような方法で江戸まで駆けつけるのか、湯長谷藩の命運はどうなる?

藩随一の知恵者・家老の相馬兼嗣(西村雅彦)を筆頭に、江戸を目指して走る藩士たちはいずれも個性豊かな人物で、彼ら一人一人の活躍がストーリーを肉付けしている。もっとも腕の立つ荒木源八郎(寺脇康文)は藩士のリーダー的存在。秋山平吾(上地雄輔)は、沈着冷静で判断力に長けた男。鈴木吉之丞(よしのすけ/知念侑李)はもっとも若い弓の名手だが高所恐怖症。増田弘忠(柄本時生)は二刀流を操る身体能力の高い男で、動物好き。今村清右衛門(六角精児)は槍の名手だが太めのため走るのが苦手。彼らのトップに君臨するのが、お人好しで領民思いだが、自身も居合の名手の政醇である。言ってみれば、小規模群像劇のような構成なのだが、彼らひとりひとりの特徴が過不足なく描かれている。各人の長所・短所が両方とも描かれるため、誰かが突出してスーパーマン役を果たすわけではない。私は相馬兼嗣の人物像がもっとも気に入った。追い詰められると渋い顔をしながらも必ずアイディアを絞り出してくれる頼れる存在。しかも、理論だけでなく実践することも厭わない。お茶目なところもある。私の見たことのある西村雅彦の役の中でもトップクラスの魅力的な人物だ。個性的な他の藩士たちも、戦いの場面では実に勇猛で格好良い。コメディーだからといって、アクションも全然手を抜いていない。

コメディーだけれども、笑わせようとするあざとい仕掛けがなく、みんなが真面目に行動しているからこその可笑しさがあって、それが気持ちよいのだ。そして、江戸を目指してひたすら走る行為に象徴されるように、展開にスピード感がある。鍵を握る抜け忍・霧隠段蔵(伊原剛志)や偶然政醇と知り合う遊女・お咲(深田恭子)の存在や、松平信祝の悪辣ぶりなどはかなりベタだと思うが、話に花を添えるという程度の抑え方がなされているので、そう気にならない。やはり脚本が相当優れている証拠だろう。土橋章宏はこの「超高速!参勤交代」の脚本で、2011年に第37回城戸賞を審査員オール満点で授賞した人なのだ。つまり脚本が先にあって映画化は後から決定したということらしい。やはりしっかりした脚本があると、映画は面白くなると言う当たり前のことを再認識させられた映画でもあった。

(2014.8.11 池袋シネマ・ロサにて)

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2014年08月07日

『私の男』

監督:熊切和嘉
原作:桜庭一樹「私の男」(文藝春秋刊)
脚本:宇治田隆史
出演:浅野忠信、二階堂ふみ、高良健吾、藤竜也、モロ師岡、河井青葉、山田望叶、三浦誠己、三浦貴大、広岡由里子、安藤玉恵、吉村実子、ほか
2013年

早く観に行かないと終わってしまいそうなので、先日慌てて観に行って来た。原作は読んでおらず、浅野忠信と二階堂ふみが出演する禁断の愛の物語らしいという程度の知識しか入れないでいたが、第36回モスクワ国際映画祭コンペティション部門で、最優秀作品賞と最優秀男優賞を受賞するなど、評価も高いので楽しみにしていた。

北海道を襲った津波で孤児となった10歳の少女・花。家族を持たない遠縁の男・淳悟(浅野忠信)が彼女を引き取ることになる。車の中で淳悟は花に言う「俺はおまえのものだ」と。花(二階堂ふみ)は16歳になり、紋別で普通の高校生として淳悟と暮らしていた。ある日、流氷の海で殺人が起こる。誰が何のために?花と淳悟の隠された秘密とは?

とりわけメインキャストに台詞が少なく、生き物がたてるような、流氷のきしむ音の印象的な映画だ。この音がざわざわと不穏なものを観ている者に投げかけてくる。雪の北海道が舞台で、孤独な2人の生き方がストーリーとなれば、静謐な映画のように聞こえるが、実際はそうではない。常に奥底に濃密な人と人との繋がりの熱を感じさせて、むしろ息苦しいような気分にさせる。

淳悟と花との関係は、客観的描写によるのではなく、それぞれのふとした仕草から感じ取れるものが多い。浅野と二階堂という実力ある者同士が演じているからこそ実現した空気だと思う。原作を読んでいないので、本当のところはわからないが、この2人の間にあるのは、愛というより、繋がった絆を何が何でも切るまいとする執念のように思える。そういう作り方が、この映画を単なるラブストーリーにしないことに成功しているのだろう。官能とはまだ縁遠いような若い二階堂をして、大いなる「女・性」を醸し出させているのは、彼女の資質によるものが大きいだろうが、演出の仕方にももちろん関わっているはずだ。

見応えはあったが、好きな作品ではなかった。最近、普通の人ならここで言葉を発するだろうに、と思うような場面で、ことさらに俳優の表情や行動だけに語らせてしまう映像が多いのだが、私はこれが段々嫌になってきている。言葉で語れないものがあるのは、当たり前のことだが、脚本の書き手はあまりにそれを俳優に丸投げしていないか?説明的な台詞が欲しいというのではない。言いたいことを言わず、いや、言いたいことを言う言葉を持たず、フィーリング重視だったり、貧困な語彙しか持てなかったりするタイプの人間に嫌気がさしている私には、話さなくてもわかるとか、沈黙は言葉より雄弁だという考え方は胡散臭いと思えるのだ。この映画では、寡黙な2人に相対する存在として、ぐちぐちと喋る大塩(藤竜也)という男を配してバランスを取っているので、まだよいのだが、台詞があるとシリアスさを削いでしまうという考え方が見透かせるような日本映画が多いのも事実だ。

花の幼少期を演じる子役(山田望叶)はどこかで見た顔だと思ったら、NHK朝ドラ「花子とアン」で、吉高由里子の子供時代を演じた子だった。この子はかなりよかった。そして、大人になって綺麗にメイクもした花の美しいこと!二階堂の真骨頂ここにありと思える変貌ぶりだった。

(2014.8.3 新宿ピカデリーにて)

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以下ネタバレあり
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2014年08月05日

『ノア 約束の舟』

監督:ダーレン・アロノフスキー
脚本:ダーレン・アロノフスキー、アリ・ハンデル
出演:ラッセル・クロウ、ジェニファー・コネリー、レイ・ウィンストン、エマ・ワトソン、アンソニー・ホプキンス、ローガン・ラーマン、ほか
原題:NOAH
2014年アメリカ

観てから1か月半も経ち、かなり印象が薄れてしまったが、やっぱり良くも悪くもハリウッド映画(アメリカ映画と言うべきか)だなという感想だ。この映画の情報に初めて接したとき、創世記に書かれたノアの方舟の物語という映画のテーマに惹かれたのはもちろんだが、『ハリー・ポッター』シリーズ以外でのエマ・ワトソも、観ようと思うきっかけになった。

映画化するに当たって、どの程度聖書の記述を脚色するかにも興味があったが、ノアの養女イラ(エマ・ワトソン)を登場させたのは、男子ばかりでは映画として華やかさに欠けるということからだったのだろうか。それともイラのお腹に宿った子が男子か女子かに関して、ノアが神との約束とヒューマニティーの間で苦悩する様を描きたかったからだろうか。いずれにせよ、確かにノラの存在がなければ、映画化するに足るエンターテインメント性は実現できなかっただろうとは思う。

映画としての見どころは、何と言っても壮大な方舟と、集まってくる無数の動物たちのCGで、これは見事と言うしかない。方舟はおそらく聖書の記述にかなり忠実に作られているように思う。木材の種類から、組み立て方、内部構造、タールでの塗装など、ひとつひとつが目を惹き、これをもっとゆっくり見たいものだと思わせてくれた。そして、つがいで方舟にやってくる動物たちや鳥。この数たるや凄まじいもので、全編通してもっとも迫力を感じたシーンだ。動物たちはすべてCGで、本物は使っていないという。それでも実写との親和性は大したものだ。方舟の中で、動物たちを眠らせるために、イラが催眠効果のある薫香(?)を振って歩くシーンはとてもよかった。

一方、わざとらしさを感じさせる作画のために興味が削がれてしまった点も多い。ひとつは、ノアの方舟作りに協力し、外敵とも戦うウォッチャー(番人)の存在だ。こういった存在を現出させることに関しては、そう否定する気もないが、問題はそのビジュアルと動きなのだ。どう見てもロボット。トランスフォーマーじゃないんだからと思ってしまったし、岩と同化する様は、小栗旬が桃太郎を演じるペプシNEX ZEROのCMに出てくる鬼ヶ島の鬼とそっくり。いや、正直なところCMのほうが作り物っぽくないし、ずっと格好良い。ノアの方舟の話で重要なポイントとなるオリーブの枝をくわえた鳩だが、鳥のCGはよほど難しいのか、これが絶望的にデコイのよう。ここまで格好悪いのなら、無理に鳥を大きく写さなくてもよいのにと思う。

さて、主演のラッセル・クロウは、どう思えば良いのか…私の感覚では、まるでノアに不似合いな役者だと感じるのだが、アメリカでは「ノアはこうもあり得ただろう」と納得されるキャスティングなのだろうか。勝手な思い込みに過ぎないが、ノアはもっと素朴でバイタリティーを感じさせない人物のほうが良かったのではないか?ほかに気になったのは、衣装がスタイリッシュすぎるということだ。いったいいつの時代を描いたものなのかとわからなくなりそうだ。衣装は凝れば良いというものではないと思うが、ハリウッド大作ともなると、衣裳デザイナーは必要以上に張り切ってしまうのだろうか。

お目当てのエマ・ワトソンは変わらず可憐で悪くはなかったが、こういう役だと彼女の良さが発揮されないように思えて、もどかしかった。

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(2014.6.22 ユナイテッド・シネマとしまえん にて)
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2014年06月06日

『グランド・ブダペスト・ホテル』ジャパンプレミア試写会

監督/脚本:ウェス・アンダーソン
出演:レイフ・ファインズ、トニー・レヴォロリ、F・マーレイ・エイブラハム、マチュー・アマルリック、エイドリアン・ブロディ、ウィレム・デフォー、ジェフ・ゴルドブラム、ジュード・ロウ、ビル・マーレイ、エドワード・ノートン、シアーシャ・ローナン、ジェイソン・シュワルツマン、ディルダ・スウィントン、ドム・ウィルキンソン、オーウェン・ウィルソンk、ほか
原題:THE GRAND BUDAPEST HOTEL
2013年イギリス=ドイツ合作

ゲスト:道端アンジェリカ、柳沢慎吾、小林星蘭

友人が試写会に当たったと誘ってくれたので、喜んで同行したら、これがジャパンプレミア試写会だった。開場少し前に着くと、映画館入り口の屋外に小さな舞台が出来ていて、道端アンジェリカと柳沢慎吾がマスコミに囲まれている姿が垣間見られ、ああ今日のゲストはこの人たちかとわかる。ゲストによる舞台挨拶は結構時間がたっぷりあり、MCの伊藤さとりに促されるままに、柳沢慎吾が「ひとり甲子園」などの持ちネタを披露したり、翌日の報道を意識したと思われるイベントとなった。それでも、この映画のテイストとは何の関連もなさそうな、このお三方による舞台挨拶は、どうもピンと来なかった。

映画は、ミステリーだと聞いていたのだが、まったく予想と異なるタイプのものだった。ウェス・アンダーソン監督作品としては『ダージリン急行』を観たことがあることに後で気がついたが、そういえば『ダージリン急行』のときとほとんど同じ感想が頭に浮かんだ。すなわち、いかにも面白そうで、道具立ても細部まで凝っていて、俳優は達者で、これでつまらないはずはないと思えるのだが、あにはからんや、私の好みにはまったく合わなかったのである。

物語はかつてヨーロッパ最高級のホテルで、今ではすっかりさびれてしまったグランド・ブダペスト・ホテルのオーナー、ゼロの思い出という形で語られる。1930年代、彼がベルホーイだった時代に、師匠にあたる伝説のコンシエルジュと言われるグスタブ・H(レイフ・ファインズ)の身に降りかかった事件があった。グスタブ・Hは客のマダムたちの夜のお相手も辞さない究極のおもてなしで人望を博していた。ある日、長年懇意のマダム・Dが何者かに殺され、マダムの遺言で名画を遺贈されたグスタブ・Hが犯人と目されてしまう。彼はゼロをともなって、ゼロの婚約者アガサ(シアーシャ・ローナン)や、コンシエルジュの秘密結社の助けを借りながらヨーロッパ中を逃げ回る。事件の真相やいかに。

グスタブ・Hとゼロとの交流がストーリーの核をなしているが、名高い俳優たちが数多く次々と登場し、一種の群像劇とも言えるだろう。そしてウィットに富んだというよりも、お笑いのコントのようなシーンを積み重ねてゆく。これが残念なことに、私にはまったく面白いと思えなかった。そのドタバタした人の動きが邪魔して、せっかく凝っているホテルの調度や素敵な食べ物などをゆっくり味わう暇もない。殺人事件だから犯人がいるわけだが、どうも誰も本当の悪人と思える人はおらず、そのぶんミステリー色が薄い。

冒頭の、グランド・ブダペスト・ホテルのロケーションを観て、これはリアリティーがないなとまず思ったのを覚えている。戦争の足音が近づいてはいるものの、一般人にとってはまだほのぼのとした時代であり、そういったことを考え合わせると、ミステリーに名を借りた、古き良き時代の素敵なホテルのファンタジー風物語(「素敵な」はホテルを形容するのであり、物語を形容するのではない)と理解できる。ややトーキー時代を思わせるような俳優たちの身振りも、溶け込めない理由のひとつだった。『ダージリン急行』を気に入った人なら、おそらくこの映画も気に入るだろうし、日本映画でいえば三谷幸喜監督作品が好きな人には高評価なのではないかとも想像する。

印象に残った俳優は、ティルダ・スウィントンとシアーシャ・ローナン。ティルダは今回もまた演技の幅の広さをみせつける圧倒的な存在感を見せていたし、シアーシャは、この時代の雰囲気にうまく染まり、バレエの主役のような優雅さで、新鮮な風を送り込んでいた。

(2014.6.4 TOHOシネマズ六本木にて)

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2014年05月08日

『そこのみにて光り輝く』

監督:呉美保
脚本:高田亮
原作:佐藤泰志『そこのみにて光り輝く』(河出書房刊)
出演:綾野剛、池脇千鶴、菅田将暉、高橋和也、火野正平、伊佐山ひろ子、田村泰二郎、ほか
2014年

旬の俳優たちを起用し、彼らそれぞれの持ち味を生かし切った大変素敵な作品だった。原作は、若くして自ら命を絶った佐藤泰志の同題小説。三島由紀夫賞候補作という。読んではいないが、読まなくてもいいやと思わせる映画だった。それは、映画がつまらないから、原作まで読む気にならないというケースとはまったく違う。もちろん原作と映画とでは、様々な要素に相違点があるのが自然だが、この映画は映画として完全に価値を持って存立し、物足りなかった、あるいは不明な部分を原作を読むことで補いたいと思わせる要素が皆無だったのだ。それほど、ストーリー、キャスト、舞台背景、衣装、カメラワーク、そして絵そのものが過不足なく観る者の心にストレートに飛び込んできた。

舞台は函館。仕事もせず、毎日パチンコをするか飲むかという無気力な生活を送る若者・佐藤達夫(綾野剛)。自堕落というのではなく、心の奥に何かを抱えていそうな人物だ。ある日達夫は、パチンコ屋で粗暴だが愛嬌のある青年・大城拓児(菅田将暉)と知り合う。強引に誘われるままに拓児の家に行くと、そこは海辺のバラックのような一軒家で、家には自堕落そうな母親(伊佐山ひろ子)と、寝たきりの父、そして姉の千夏がいた。一目で千夏に惹かれた達夫であったが、千夏は家族を養うため、いかがわしい仕事をして金を稼いでいる女性だった。拓児が現在置かれている状況や、寝たきりの父親の問題などが徐々に明らかになってきて、社会の底辺で生きる家族模様に接するうち、達夫の気持ちに少しずつ変化が訪れ、千夏に対する思いがどんどん強くなってゆく。辛い過去の出来事で仕事を辞めた達夫と、泥沼の現状から抜け出すすべの見つからない千夏との愛は、どのような軌跡をたどるのか。

メインの俳優が綾野、池脇、菅田の三人で本当によかったと思えるキャスティングだ。決して明るい話ではないのだが、どんより沈んだ印象のないのは、彼らの演じる人物像が様々な意味での最後の一線を越えないところで踏みとどまる生命力の持ち主だからだと感じる。達夫は物静かな男だし、無為な日々を送っているが、退廃的一歩手前で静かな熱と知性を感じさせる。千夏は娼婦と言ってよい暮らしをしているが、夢見る少女のような希望のかけらを捨てていない女性に見える。拓児は粗暴だが凶暴ではなく、他人に対する優しさを失ってはいない。彼らの奥底に隠れた輝きが、ふとしたきっかけで奇跡のよう表出する、その一瞬が見事で、心打たれる。

そういった人物の背景として函館というロケーションはうまくマッチしている。函館は原作者の生まれ育った町だから、この町で暮らす実感については、余所者の推し量れない部分もあるだろう。私は函館は二度ほどしか行ったことがなく、印象も偏っているだろうが、札幌のような都会とは違い、言ってみれば中途半端な町(在住の方には失礼を承知で言うのだが)だ。海に囲まれているものの、この地の気候では、夏でも海水温はあまり高くなく、燦々と陽の降り注ぐ明るい海という印象はない。海運業、漁業ともに、かつての繁栄はなくなっている。の町の性格が登場人物の性格に呼応しているかのようだ。

鬱々とした日々の中で、鬱々とした景色の中で、ときたま輝きを見せる人間の生と性が実に美しい。それは、中盤での海のシーンとラストの海のシーンだ。中盤のシーンは動、ラストシーンは静。とくにラストは、どうしてこれだけ良い表情を出せるのだろうと溜息が出るほどだ。

綾野剛は今作では主演でありつつも受けの演技が非常によかった。菅田は口数が多くチャランポランに見える青年を目一杯のエネルギーで演じており、『共喰い』のときよりも更に成長したと思う。若手ながら、粗暴さの中にペーソスを感じさせるような人物をきっちり演じているのに感心した。池脇はいつもながら見事と言うしかない。この人は、複雑なキャラクターであればあるほど、実力を発揮できる女優さんだ。千夏はバランスの取り方の非常に難しい人物像だと思うが、強すぎず弱すぎず、子供っぽさと艶っぽさが同居し、諦念と生活への嫌悪感を持ちながらも絶望していない、とにかく愛おしさを感じる千夏像を作り上げている。

周りの大人たちを演じるベテラン俳優たちも適役ばかりだったし、音楽もよく、脚本は説得力があり、青春を少し前に脱した年代の若者たちの、抱きしめたくなるような魂の物語が実現したと思えた。

(2014.5.4 テアトル新宿にて)

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2014年05月04日

『テルマエ・ロマエII』

監督:武内秀樹
原作:ヤマザキマリ「テルマエ・ロマエ」(KADOKAWA エンターブレイン刊)
脚本:橋本裕志
出演:阿部寛、上戸彩、北村一輝、竹内力、宍戸開、笹野高史、市村正親、キムラ緑子、勝矢、曙、琴欧洲、菅登未男、いか八朗、松島トモ子、白木みのる、ほか
2014年

感想を書く暇のないままに、公開初日に観てから1週間も経ってしまった。前作を観て気に入った連れ合いが「IIも面白いかな、観に行こうか」と言うので出かけた。確かにエンターテインメントとしてはパワーアップしていて、普通に面白かった。ストーリーのほうは、前作よりシリアスになっていて、前作で憎まれ役だったケイオニウス(北村一輝)に焦点をあてている。ジャック・ルイ・ダヴィッド描く「アルプスを越えるナポレオン」の絵にそっくりなケイオニウスの馬上の勇姿に、おお!格好いい!と感嘆する。

テルマエ自体もスケールアップしている。前回は個々のテルマエの設計だったが、今回ルシウス(阿部寛)が手がけるのは、「ユートピア」がテーマの、テルマエを中心に据えた一大娯楽スポットだ。そういう道具立ての大きさに負けないように、少しインパクトの強いケイオニウスの物語を持ってきたのだろう。ただ私の好みからすれば、前作の古代ローマと現代日本との落差から生み出されるクスクス笑えるようなディテールの積み重ねが気に入っていたので、やや大味な印象を持った。

面白かったのは、日本の技術を真似しても、古代ローマでは電力ではなく、奴隷による人力になるというところだ。これをもうちょっと大きく取り上げたら良かったと思うのだが、さらっと流されていたのは、奴隷という存在をあまり肯定的に描いてはいけないという判断からだろうか。

前回最も気に入った、ルシウスが現代日本にタイムスリップする際に歌われるオペラのアリア場面は今回も楽しかった。前回は山を背景にして歌われていたのが、今回は海である。しかも歌手の妻とおぼしき女性まで出て来て、何やら夫婦喧嘩の様相を呈してくるのが可笑しい。浪越徳治郎をパロった徳三郎(菅登未男)のエピソードや、松島トモ子の猛獣に噛まれるギャグなど、かなり高年齢世代を狙ったシーンが盛り込まれているが(残念ながら私はそれがわかってしまう世代)、若い層には何がなんだかわからないだろうし、私にとってさえあまり面白いとは思えなかった。阿部寛、上戸彩は変わらずどっしりと作品を支え、安定感がある。今回アントニヌス(宍戸開)をなんだかサエない男に描いたのは、ケイオニウスを目立たせるためだったのだろうか。

ちょっとしたことだが、確か前回はなかったと思う登場人物の喋る言語についての注記が可笑しかったし、あれがあることで違和感を覚えず作品を楽しめたと思う。

(2014.4.26 ユナイテッド・シネマとしまえん にて)

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2014年04月10日

『LIFE!』

監督:ベン・スティラー
脚本・製作:スティーヴン・コンラッド
出演:ベン・スティラー、ショーン・ペン、クリステン・ウィグ、シャーリー・マクレーン、アダム・スコット、パットン・オズワルト、キャスリン・ハーン、ほか
原題:The Secret Life of Walter Mitty
2013年アメリカ

雑誌「LIFE」を題材にした映画だというので、ベン・スティラーにはまったく興味がなかったのだが観に行ってみた。事前情報を見ないで行ったので、こんなにコメディータッチの作品だとは予想しておらず、思ったより楽しい映画だった。

ウォルター・ミティ(ベン・スティラー)は、雑誌LIFE社で写真管理の仕事をしているサエない男。経理課のシェリル(クリステン・ウィグ)に密かに思いを寄せているが、人付き合いの下手なウォルターはまともに話しかけることもできないでいる。そんな彼は、ときおり空想の世界に羽ばたく癖があった。そこでは彼は強きヒーローであり、果敢にアドベンチャーに挑戦する男となる。LIFEは時代のデジタル化の波に逆らうことができず、販売部数も減少、ついには完全デジタルへ移行することが決まり、雑誌として刊行するのはあと1号だけということになる。当然大規模リストラも予定され、人員削減のために送り込まれた新しいボスは、ウォルターをリストラ対象にしようと、あの手この手でプレッシャーをかけてくる。運悪く、最終号の表紙を飾るはずの写真が行方不明になってしまう。長年付き合ってきた(実際に顔を合わせたことはない)写真家のショーン(ショーン・ペン)を何とか探しだし、行方不明の写真を見つけ出そうとするウォルター。気ままに世界中を撮影のために飛び回っているショーンを探し当てるのは容易なことではない。グリーンランドやアイスランドまで足を運ぶが、あと一歩のところでショーンとすれ違いの繰り返し。しかしこの旅が、その後の彼の生き方を決定づけるものになってゆく。

映像がたいへんユーモアにあふれた凝った作りになっている。冒頭から、オープニングクレジットの文字が景色のあちことにちりばめられ、うまいなあと感心する。見どころのひとつは、ウォルターの空想の世界だろう。明らかに、いくつもの映画のパロディーというか、オマージュというか、知っている人なら、あ!あれをパロっているなと気づくシーンがたくさん出てくる。私はアメリカ映画をあまり数多く観ないので、出典がわからないものも多かったが、少なくとも『スパイダーマン』と『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』は間違いないと思う。とくに、本物の『ベンジャミン・バトン』は特殊メイクが話題となった作品だが、『LIFE!』では、見事にそれが再現されている。シェリルもウォルターの空想の中では年老いて登場するのだが、クリステン・ウィグの老けメイクは素晴らしかった。

ウォルター・ミティのような人物像に好感が持てないので、感激するには至らなかったが、後味の爽やかな映画である。せっかくLIFEが舞台となるのだから、もう少し雑誌編集の話や写真そのものの話も描いてもらいたかった気がする。終盤に行くに従ってウォルターの顔に精悍さが増し、男性としての魅力が増してくるところは、さすがベン・スティラーだと思えた。ショーン・ペンは気まぐれ屋の初老のカメラマンという意外な役柄で、しばらくぶりに見たので誰だか最初はわからなかったほどだが、非常によいシーンが彼のために用意されていた。

(2014.4.6 ユナイテッド・シネマとしまえん にて)

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