2013年11月18日

『ザ・コール[緊急通報司令室]』試写会

監督:ブラッド・アンダーソン
原案:リチャード・ドビディオ、ニコール・ドビディオ、ジョン・ボーケンキャンプ
脚本:リチャード・ドビディオ
出演:ハル・ベリー、アビゲイル・ブレスリン、モリス・チェスナット、マイケル・エクランド、マイケル・インペリオリ、ほか
原題:THE CALL
2013年アメリカ

911番への緊急通報の声とのやりとりだけで、少女を救おうとするというストーリーに興味を惹かれ、試写会に応募した。防犯で有名なセコム本社にあるセコムホールという初めての会場での試写会。広くはないので観やすい会場だったが、座面の硬い可動椅子だったので、座り心地は最悪だった。上映前に、女性のための防犯についてという内容でのトークショーがあった。この日の試写会は女性限定だったのだ。

アメリカの俳優に疎い私は、ハル・ベリーと言われても、知っていたっけ?と思い出せないほど。調べてみると、2012年日本公開の『ニューイヤーズ・イヴ』で見たことがあるが、まったく記憶に残っていない。本作はサスペンス・スリラーというジャンルだそうだが、こんなに怖いとは予想していなかった。じわじわと恐怖にかられるというのではなく、突発的に怖いシーンが襲ってくる直球のホラーである。それでも、緊急通報司令室という舞台とストーリーはとても面白く、意外すぎるラストシーンとともに、見応えのある1本だったとは思う。

ジョーダン(ハル・ベリー)は、911緊急通報司令室のベテラン・オペレーター。毎日数え切れないほどの市民からの通報に応対し、通報者に的確な指示を与えたり、救急や警察に出動要請をしたりという人の命にかかわる仕事に就いている。ところが、ある少女からの通報が悲劇的結末を迎え、ジョーダンは精神的なダメージを受け、もう通報に直接関わるオペレーターは辞めようと考え、新人教育の指導員になる。そんなある日、ケイシー(アビゲイル・ブレスリン)という少女が、殺人鬼に誘拐されて車のトランクに監禁されていると通報してくる。非常に難しい状況に、応対したオペレーターは匙を投げ、たまたま近くにいたジョーダンが、その電話を引き継ぐことになる。ケイシーがかけてきた電話はプリペイド式の携帯であるため、警察も位置情報がなかなか掴めない。パニックに陥ったケイシーをジョーダンはひたすら力づける。電話を通してだけのやりとりで、果たしてジョーダンはケイシーを救い出すことができるのだろうか。

この映画のチラシを見るまで知らなかったのだが、アメリカの緊急通報司令室で電話応対する人々は、警察官ではないのだ。日本ではすべて警察官が応対するが、アメリカの場合は訓練を受けた一般人なのだそうだ。司令室の描き方がうまいし、仕事の仕方に興味もそそられる。この司令室を「蜂の巣」と呼ぶそうだが、オペレーターたちの声が飛び交い、確かに蜂の巣のようなワーンという異様な音が聞こえる。これに示されるように、この映画では“音”が重要なキーワードとなる。

誘拐されたケイシーを演じるアビゲイル・ブレスリンが非常によかった。恐怖、パニック、絶望、諦め、怒りなど、負の感情を多彩に演じてみせてくれて飽きない。ハル・ベリーはひたすら美しく格好良い。妙に強がらない主人公のキャラクターと彼女の魅力がうまくマッチングしていたようだ。

残酷なシーンはもっとカットしても映画は十分成立したと思うので、ことさらホラー仕立てにしなければ、広い層に受け入れられる作品になるはずと、ちょっと残念な気がする。エンディングは、私は“あり”だと思った。

(2013.11.13 セコムホールにて)

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2013年11月02日

『もうひとりの息子』

監督・脚本:ロレーヌ・レヴィ
原案:ノアム・フィトゥッシ
出演:エマニュエル・ドゥヴォス、パスカル・エルベ、ジュール・シトリュク、ハリファ・ナトゥール、マハディ・ザハビ、アリーン・ウマリ、ほか
原題:Le fils de l'Autre
英題:The Other Son
2012年フランス

子供の取り違えを扱った映画として、是枝裕和監督の『そして父になる』と見較べてみようという論調で最近よく取り上げられているこの作品を観てきた。2012年の東京国際映画祭ではグランプリと監督賞に輝いた話題作である。東京では1館だけの公開であり、金曜はシネスイッチのレディースデー(シネスイッチは毎月1日の映画サービスデーは入場料金が1000円だが、金曜レディースデーは900円とお得なのである)というせいもあって、平日の昼間にもかかわらず、あっという間に座席は売り切れになった。民族問題が根底にあるため、一見重くとらえられがちだが、登場人物それぞれの感情が繊細に描かれており、不思議なことに軽やかな爽やかさのある作品で、私はかなり気に入った。

テルアビブで暮らすフランス系イスラエル人(=ユダヤ人)のシルバーグ家。18歳になった息子ヨセフ(ジュール・シトリュク)が兵役に就くために身体検査を受ける。しかし血液検査の結果、ヨセフが父母の実子ではあり得ないという驚愕の事実が知らされる。母・オリットが18年前に出産した病院を調査してもらった結果、湾岸戦争の混乱の中、同室だった妊婦の子と取り違えられたことが判明。そして、こともあろうに、取り違えられたもう一方の家族アル・ベザズ家は、対立するパレスチナ人(=アラブ人)なのであった。双方の父親は、民族の違いというとてつもない障壁に打ちのめされ、なかなか事実を受け入れようとしない。母親同士は、現在の息子を愛する気持に変わりないが、まだ見ぬ本当の息子に会いたい気持が募る。ヨセフはユダヤ人としての誇りを持って生きてきた自分の足元が崩れて混乱し、アル・ベザズ家の息子ヤシン(マハディ・ザハビ)は、仲の良かった兄に暴言を投げつけられて悩む。通行許可証を申請しなければ容易に行き来もできないイスラエルとパレスチナ自治区。分離壁に隔てられた2つの家族に融和は訪れるのだろうか。そして彼らの選択は?

なかなか日本人の我々には理解しにくい現実の中東情勢であるが、映画はそれを無理なく説明的でない手法である程度示してくれるので、混乱することはない。フランス系であるために、フランス語とヘブライ語を話すシルバーグ家の人々。パリに留学していたためにフランス語とアラビア語を話すヤシン。フランス語がわずかに話せるヤシンの母・ライラ。その他にも、若者たちの共通言語として出てくる英語。各国語が飛び交い、日本語の字幕のほかに、ヘブライ語・アラビア語には英語の字幕もついていて、非常に国際色豊か。言葉を聞いているだけで、中東の複雑さが垣間見えるかのようだ。

親のDNAが子に受け継がれていると思わせるシーンが時々ある。オリットや夫アロン(パスカル・エルベ)の知性は、実の息子のヤシンに受け継がれているのだろう。ヤシンは医学系のバカロレアに合格し、将来は医師をめざす知性の持ち主だ。また、ミュージシャンを目指したいヨセフは、実父サイード(ハリファ・ナトゥール)の音楽嗜好につながり、このことが映画のクライマックスにも大いに関係してくる。

キャストはどの人も素晴らしかったが、主演のエマニュエル・ドゥヴォスが本当に魅力的な母親だった。息子に接するときの優しい語り口とともに、夫の逡巡を鮮やかに受け流す強さもあり、知性を感じさせる。いっぽう、こちらも実に良かったのだが、ライラを演じるアリーン・ウマリは、細かい感情の揺れ動きを的確に演じる女優さんで、パレスチナ映画の至宝だと言われているだけのことはある。ヨセフを演じるジュール・シトリュクはどこかで見た顔だと思ったら、『ぼくセザール10歳半1m39cm』(2004年日本公開)に主演した子だった。大きくなったものだ!

フランス語の原題"Le fils de l'Autre"は英語や日本語とは少しニュアンスが違うと思う。正確には「もう一方の側の息子」ということになるだろう。これは、イスラエルとパレスチナを隔てている分離壁の「向こう側」と「こちら側」を示唆する表現に違いない。従って「向こう側の息子」と訳すと、映画の内容に沿った言葉になる。もちろん邦題を正しい訳語にせよと言うつもりはない。ただ原題のニュアンスがわかると、映画の内容がよりよくわかるのも確かだ。

爽やかな余韻があるのは、結局この映画の中では、息子たちが自ら道を見つけてゆくからだ。親の世代では無理でも、息子たちの時代にはイスラエルとパレスチナの対立もあるいはなくなるかも知れないという希望を持たせる作品なのだ。

奇しくも『そして父になる』の中の台詞と同じ意味の台詞があり、こういう事態に直面した男というのは、皆同じ発想になるのだろうかと思った。

(2013.11.1 シネスイッチ銀座2にて)

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2013年10月25日

『スティーブ・ジョブズ』試写会

監督:ジョシュア・マイケル・スターン
脚本:マット・ホワイトリー、ロバート・コマツ
出演:アシュトン・カッチャー、ダーモット・マローニー、ジョシュ・ギャッド、ルーカス・ハース、J・K・シモンズ、マシュー・モディーン、ほか
原題:JOBS
2013年アメリカ

昔からのMacユーザーであり、Apple社が創り出す製品に今なお魅了され続けている私としては、どうしても見ておきたい映画だったので、一生懸命試写会に応募し、公開前に観ることが叶った。ひとつの企業のCEOが一般人の注目をこれほど集めるというのは、ジョブズ以前にはそうそうなかったことだ。良いことも悪いことも、ジョブズについてはあれこれ報道されたし、伝記を読むまでもなく(もちろん読んだが)、彼のことはよく耳にしていた。この映画は自分の知っているジョブズの生涯と、Appleの製品の歴史を、まるでドキュメンタリーのようなリアルさで再現してくれたし、さらにビビッドな色合いを付加してくれるものだった。Macフリークとしては、本当に懐かしく、楽しく、愛おしい作品だった。

冒頭は、2001年の初代iPod発表会のシーンで始まる。ジョブズのトレードマークとなった黒のタートルネックにジーンズ、スニーカー、そして前屈みに歩く姿。あまりにも見事なアシュトン・カッチャーのジョブズだ。これだけで、すでに溜息ものである。その後、時代はジョブズが親友のウォズ(ジョシュ・ギャッド)とともにガレージでコンピューターを作り始める頃にさかのぼる。若い頃からのジョブズの“人たらし”資質や、金の扱いの小ずるさ、未来を見据えた物づくりへの執念を示すエピソードが次々と出てくる。Apple社を作ってからは、猛烈な仕事への熱、必要ないと思った人員への苛烈な無能呼ばわりと冷徹な切り捨て、妊娠したガールフレンドに対する態度など、ジョブズの人格破綻寸前の我が儘な性格も飾らずに語られる。

Apple製品のファンでなければ楽しめない映画かと言えば、まったくそんなことはない。80年代の世相がよくわかるし、駆け出しのジョブズに出資してくれた人たちを見ていると、アメリカという国は、少なくとも当時はこういう風にベンチャーに手をさしのべる懐の深さがあった国なのだなと感激もする。

ガレージ時代からAppleのCEOに返り咲くまで、常に周囲の人々との軋轢を繰り返してきたジョブズ。その人間模様は実話と思えないほど波瀾万丈で、もっとも面白い部分でもある。ジョブズと彼を取り巻く群像の話として観ても十分楽しめる。Macファンとして多少残念なのは、ジョブズが心底こだわった製品のデザイン面の話をもうちょっと盛り込んで欲しかったなと思うことである。

アシュトン・カッチャーを始めとして、キャストはみな素晴らしい。とりわけ、ジョシュ・ギャッドは心優しい控えめなエンジニアであるウォズを的確に演じている。ほんのちょっとの登場だが、ジョブズの養父を演じたジョン・ゲッツがよかったし、彼のシーンはもっとも印象に残るシーンでもあった。

ボブ・ディランを始めとして、ジョブズが好きだったと言われるアーティストの音楽が満載で、音楽面も大満足だった。

(2013.10.23 東商ホールにて)

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2013年10月18日

『ブロークンシティ』試写会

監督:アレン・ヒューズ
脚本:ブライアン・タッカー
出演:マーク・ウォールバーグ、ラッセル・クロウ、キャサリン・ゼタ=ジョーンズ、ジェフリー・ライト、バリー・ペッパー、カイル・チャンドラー、ナタリー・マルティネス、ほか
原題:BROKEN CITY
2012年アメリカ

マーク・ウォールバーグとラッセル・クロウの演技合戦と注目されていたので、試写会に応募してみた。まあまあ面白く、それなりの出来の作品という程度の感想だ。

舞台はニューヨーク。7年前にあることがきっかけで刑事を辞め、今では私立探偵を生業としているビリー・タガート(マーク・ウォールバーグ)は、市長選を間近に控えた現ニューヨーク市長のホステラー(ラッセル・クロウ)に呼ばれ、妻(キャサリン・ゼタ・ジョーンズ)の浮気の現場を撮り、浮気相手を特定することを依頼される。妻を寝取られた男というのは、選挙において最も有権者にそっぽを向かれる存在だからという理由だ。市長とビリーとは、ビリーが辞職した原因となったある殺人事件の秘密を共有していた。調査の結果、浮気相手はなんと対立候補ヴァリアントの懐刀とも言うべき重要人物アンドリュースだった。ところが数日後アンドリュースが何者かに射殺される。市長の陰謀に利用されたと気づいたビリーは、圧倒的に不利な戦いを市長に挑む。

クライムサスペンスは比較的好きなジャンルで、演技派二人の共演ということで期待していたのだが、観終わったあとでさほどの感慨は湧かなかった。ストーリーがスピーディーに運び、ニューヨークの街のダークサイドが良い雰囲気を醸し出してはいるのだが、あまり新味はないし、アメリカのこの手の映画はもういいや、という気分になる。元刑事対政界の大物という対立の構図も飽きた。観ていて一番気になったのは、効果音の大きさである。何かが突然起こるときの音が不自然に大きく、ホラー映画じゃあるまいしと思ってしまった。

ビリーも市長も共感できる人物像ではなかったが、唯一なかなか良いと思ったビリーの事務所で助手を務める女性ケイティ役の女優さんは、公式サイトにもクレジットがなかったので、IMDbを調べたところ、アロナ・タルというイスラエル出身の人だった。ケイティは現代的な女の子だが、頭の回転がよく調査能力にも長けていて、暗いストーリーの中にほっとさせる時間を提供してくれる面白いキャラクターだった。

(2013.10.16 なかのZERO大ホールにて)

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2013年10月15日

『地獄でなぜ悪い』

監督・脚本・音楽:園子温
出演:國村隼、長谷川博己、星野源、二階堂ふみ、友近、堤真一、坂口拓、成海璃子、ミッキー・カーチス、ほか
英題:WHY DON'T YOU PLAY IN HELL?
2012年

散発的にこの作品の情報には接していて、園子温監督作品だし、二階堂ふみが出ているし、長谷川博己が撮影時にテンションを高めるのに苦労したという話をどこかで聞いたし、トロント映画祭ではミッドナイト・マッドネス部門で観客賞に輝いたそうだし、面白そうだとは思っていた。いや、これは本当に面白かった。アクション活劇だそうだが、任侠アクションコメディー+青春映画とでも言おうか、ありきたりのジャンルの枠内に収まらない、とにかく元気いっぱいの疾走感溢れる映画であった。

ヤクザの組長・武藤(國村隼)は、獄中の妻しずえ(友近)の夢が娘のミツコ(二階堂ふみ)を大女優にすることなので、しずえの出所を間近に控え、なんとか主演映画に出させてやりたいと考える。ところが、主演が決まっていた撮影現場から、ミツコは彼氏の元へ逃げ出してしまう。ミツコが見つからないため、監督にも愛想をつかされ、映画は別の女優を主演に立てて撮影されることになった。焦った武藤はミツコとその男・公次(星野源)を捉まえ、こうなったら自分たちで映画を撮り、ミツコを主演に立てて、しずえの出所に間に合わせようとする。だが、公次はたまたまミツコに出くわしただけの、何の関係もない青年。しかし勘違いした武藤に、ミツコも公次は彼氏であり、映画監督だと嘘を言う。一方、高校時代から映画監督の夢を捨てずに30歳近くになってしまった平田(長谷川博己)は、仲間たちと細々と自主製作映画を撮っている男だ。平田はいつか映画の神様が微笑んでくれると信じて疑わない。たまたま公次は平田と出会い、彼に映画を撮ってくれと頼む。夢が叶ったと狂喜する平田は、武藤組が対立する組織の組長・池上(堤真一)のところへ殴り込みをかけるのをそのまま映画に撮る計画を立てる。平田の盟友のカメラマン二人と、ヤクザたちがスタッフを務める撮影がいよいよ始まる。

すべてがオーバーなのだが、究極のハイテンションのまま、ハイスピードで展開する物語は、爽快以外の何物でもない。ヤクザが撮影助手、照明、俳優を務める撮影風景が、圧巻だ。心ならずも巻き込まれた公次はミツコに心惹かれてゆき、池上はミツコが幼いころから思いを寄せているために、人間関係も一筋縄ではいかない複雑さを見せる。対立する2つの組が入り乱れての撮影現場は、これをよく更に撮影したと感心するほどの迫力だ。

最初から最後まで大笑いして観ていたような気がする。スプラッターさえ、なんだか可愛く見えてくる。堤真一のミツコを見つめるとろけそうな表情は特筆ものだ。また、大河ドラマ「八重の桜」での尚之助のイメージで長谷川博己を知っている人は、そのとんでもないテンションにビックリするだろう。機関銃のように映画論をぶちかまし、鬼気迫る雰囲気でカメラを回す役どころが、これまたぴったりなのだ。二階堂ふみは恐ろしいまでの安定感がある。ハチャメチャな大人たちの中にあって、色気さえ感じさせるヤクザの娘をクールに演じている。

平田たちの高校時代と現在とでは、もちろん演じる俳優は異なっているのだが、どの役柄も大人になったときの俳優に違和感がないのに驚く。決して顔が似ているなどということではなく、キャラクターをきちっと作っていて、少年や少女たちの時代も疎かにしていないということだ。個人的には手持ちカメラを得意とする女性カメラマン役の人がたいへん気に入ったのだが、検索してみても名前がわからなかった。残念。

「全力歯ぎしりレッツゴー♪ギリギリ歯ぎしりレッツフライ♪ 」という歌が妙に頭に残り、映画自体も癖になりそうな魅力があった。しかし園監督、走らせるの好きだなあ!

(2013.10.13 池袋HUMAXシネマズにて)

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2013年10月08日

『凶悪』

監督:白石和彌
脚本:高橋泉、白石和彌
原作:新潮45編集部篇『凶悪―ある死刑囚の告発―』(新潮文庫刊)
出演:山田孝之、ピエール瀧、リリー・フランキー、池脇千鶴、白川和子、吉村実子、小林且弥、斉藤悠、米村亮太朗、松岡依都美、ジジ・ぶぅ、村岡希美、外波山文明、廣末哲万、九十九一、原扶貴子、ほか
英題:THE DEVIL'S PATH
2013年

私は原作を読んでいないが、読んだ人から「本当に怖い話だった」と聞かされていた。怖い映画が好きなわけではないが、キャストも良いし、話題作なので観たいと早くから思っていて、ようやく観に行くことができた。描かれている世界は戦慄を覚えるものだが、映画としてのクオリティーが非常に高く、脚本・映像ともに優れた作品で、高評価なのも当然と思えた。

雑誌記者の藤井修一(山田孝之)は、上司の芝川(村岡希美)から、東京拘置所に収監中の死刑囚・須藤純次に面会に行くよう命じられる。須藤は編集部に手紙を寄越し、自分の犯した事件の話を聞いて取材して欲しいと頼んで来たのだ。面会室で須藤は藤井に、自分には白状していない余罪が3件あると話し出す。そして、それはすべて“先生”と呼ばれる不動産ブローカーの木村孝雄(リリー・フランキー)が首謀者なのに、捕まらずにシャバでのうのうとしているのが許せない。自分の死刑は仕方ないが、このことを記事にしてもらって、“先生”に復讐したいというのが須藤の希望だ。須藤の話がどこまで本当なのか、半信半疑で調査を始めた藤井は、様々な手がかりが見えてくるにつれて、須藤の言葉に信憑性を感じるようになり、真相解明にのめり込んでゆく。須藤の話はどこまで本当なのか。“先生”とはいったい何者なのか。藤井の取材の結果は何を生み出すのか。

前半は、須藤の犯した殺人の経緯が克明に描写される。かなりハードな内容だ。暴力団幹部であり、直情径行型の須藤も恐ろしいし、人の死をまさに楽しんでいるかのような木村は更に恐ろしい。一方、藤井の家庭の事情にもしっかり踏み込み、老いた藤井の母(吉村実子)の介護で心身共に限界に来ている妻・洋子(池脇千鶴)と、藤井との確執がリアルに描かれる。さらに、殺された被害者家族の実情など、すべてのエピソードが過不足なくストーリーにからんでゆく。起きたことと、起きるまでの経緯の時間軸をずらして描いているが、この脚本が実によかった。そして、主演の3人だけでなく、周囲の人たちもきちんと印象に残る撮り方をしている。この奥行きのある物語を128分の中にしっかりと盛り込んだ脚本には本当に感心した。

ロケ地の選択やセットの質感もすばらしく、今村力による美術が作品全体のクオリティーを支えていると思う。キャストはとりわけピエール瀧とリリー・フランキーが、ものの見事にキャラクターになり切っていた。リリー・フランキーについては、『そして父になる』での暖かい父親像を見たばかりなので、その振り幅の大きさに驚かされる。女優陣では、池脇千鶴と吉村実子が実力通りの好演。吉村を見ていると、自分の母親が二重写しになり、何とも言えぬ気持になる。さらに、私が良いと思ったのは、須藤の愛人を演じた松岡依都美だ。官能的で可愛らしく、作品の色合いにぴったりだった。須藤の弟分・五十嵐を演じた小林且弥も印象に残った。

人間の凶悪さとは何か。最後までそれを考えさせられる。エンディング近くで木村が藤井に発した一言に、本当の恐ろしさがこめられている。

(2013.10.6 池袋シネマ・ロサにて)

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2013年10月04日

『危険なプロット』試写会

監督・脚本:フランソワ・オゾン
原作:フアン・マヨルガ「The Boy in the Last Row」
出演:ファブリス・ルキーニ、クリスティン・スコット・トーマス、エマニュエル・セニエ、ドゥニ・メノーシュ、エルンスト・ウンハウワー、ほか
原題:Dans la maison
2012年フランス

あらすじを読んだだけで、観たい!と思って試写会に応募したところ、幸い当たって観て来た。作品もキャストも高評価を受けていて期待が持てたが、実際に素晴らしく面白かったので大満足。「知的サスペンス」という触れ込みだが、ユーモアもたっぷりで、フランス映画としては私の好きなタイプの作品だ。

ジェルマン(ファブリス・ルキーニ)はリセ(高校)の国語教師。若い頃は作家になる夢があったが、今は文章力のない生徒たちの作文添削にうんざりする毎日を送っている。新学期を迎えたばかりのある日、生徒の作文の中に気になるものを見つける。クロード(エルンスト・ウンハウワー)が書いたもので、クラスメイトの家族の話を鋭い観察力と繊細な描写で綴った作文である。文章力も、他の生徒に抜きんでている。クロードの才能を感じ取ったジェルマンは、放課後に彼の個人教授を始め、小説の書き方を指導してゆく。クラスメイトの美しい母親(エマニュエル・セニエ)を作文に登場させ、家の中を覗き見し、毎回「続く…」という但し書きをつけて作文をどんどん提出してくるクロード。いつしか、ジェルマンはその物語に囚われて行き、自身の生活の歯車も狂って行く。

フランスの生徒たちが決まって使う青い細い罫線の用紙を使った洒落たオープニング。教師ジェルマン対生徒クロード、ほとんどストーリーはこの二人の対峙で進んでゆく。青いインクのボールペンで書かれた作文にフランスらしさが感じられる。フランス人はだいたい青いボールペンで書くことが多く、黒いボールペンはあまり見たことがない。ジェルマンは、様々な文学作品(フロベール、ドストエフスキー…)をダニエルに読ませ、文章の書き方を指導してゆく。しかし作文はジェルマンがアドバイスした以上の挑戦的ともいえる展開を見せるようになり、二人の間にあった共犯のような精神的関係が、だんだん熱を帯びた戦いのようなものに変質してゆく。その過程がスリリングだ。ジェルマンも観客も、クロードの小説の続きを読みたくてたまらなくなる。

大注目のエルンスト・ウンハウワーは、端正な顔立ちとその危険をはらんだ眼差しで、クロードを実に魅力的に演じている。底意があるわけではない高校生に自ら翻弄されてゆくジェルマンを演じるファブリス・ルキーニも、当然のことながら素晴らしい。私は『潜水服は蝶の夢を見る』で好演だったエマニュエル・セニエが今回もとても良かったと思う。さりげなさの中に色気のある女性を素敵に演じている。ジェルマンの妻を演じるクリスティン・スコット・トーマスは物語のユーモラスな部分を受け持っていて面白い。

原題の≪Dans la maison≫は「家の中で」という意味で、これは実際に映画を観ると、どういうことなのかがわかる。「危険なプロット」という邦題は、考え抜いた結果なのだろうが、むしろ異なる方向に誘導してしまうのではないかと気になった。

何度も繰り返される≪à suivre≫(「続く」)の台詞が耳に残る。

(2013.10.2 東商ホールにて)

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2013年09月29日

『そして父になる』

監督・脚本・編集:是枝裕和
参考文献:奥野修司著「ねじれた絆―赤ちゃん取り違え事件の十七年」(文春文庫刊)
出演:福山雅治、尾野真千子、真木よう子、リリー・フランキー、二宮慶太、黄升R(ファン ショウゲン)、中村ゆり、高橋和也、田中哲司、井浦新、風吹ジュン、國村隼、樹木希林、夏八木勲、ほか
英題:LIKE FATHER, LIKE SON
2013年

本当に公開を楽しみにしていた作品である。第66回カンヌ国際映画祭でも、審査員賞という大きな賞に輝いたのだから、優れた作品であることは間違いないと思っていた。大方の高評価を否定するつもりはないが、私の感想では、是枝作品としてはウ〜ン…と、やや期待はずれだったのが正直なところである。

野々宮良多(福山雅治)は大手建設会社に勤めるエリートサラリーマン。妻みどり(尾野真千子)と6歳になる一人息子の慶太(二宮慶太)と都内の高級マンションに暮らしているが、仕事の忙しさのあまり、家庭を顧みる余裕があまりない。ある日、みどりが出産した病院から電話があり、6年前に赤ちゃんの取り違えがあり、慶太は二人の実子ではないと告げられる。ショックを受けながらも、相手の家族との交流が始まる。近県で小さな電器店を営む斎木雄大(リリー・フランキー)とゆかり(真木よう子)夫婦には、良多とみどりの実子である琉晴(黄升R)を長男として、3人の子がいる。生活レベルも子供の教育方針も異なる斎木家に違和感を覚える良多。子供が取り違えられた場合、前例では100%交換という選択肢を両親は選ぶと聞かされ、悩む2組の家族。良多は血の繋がりを重視し、交換を決心するが…。

全編を通じて流れるピアノの旋律のように、静かな映画だ。テーマは良多が本当の父性に目覚めるというものだけに、丁寧な心理描写が続く。良多は、確かにエリートではあるが、自分の内面を見据えたことのない男に見える。だから、親から「血が大切」と言われれば、それに傾き、上司から「両方とも引き取っちゃえ」と言われれば、それに傾く。父になり切れていない以前に、大人になり切れていない人間に見える。一方、斎木雄大のほうは、学はないかも知れないが、しっかりと自分がわかっている人物だ。こういう対比は、妻同士、子供同士にも顕著だ。2家族のそういったコントラストが映画の持ち味だろうとは思うのだが、ややステレオタイプ過ぎて、自然さが損なわれているように思えた。とにかく、野々宮家が素敵な家族に見えない。親対子だけでなく夫婦のあり方も(とくに、みどりの優柔不断な人間性)。野々宮家にちっとも親近感が湧かないために、この夫婦の苦悩が伝わらないのだ。それに引き換え、斎木家のほうは溌剌としていて、大変好感が持てた。リリー・フランキーも真木よう子も、さすがの演技である。とりわけ、真木よう子が肝っ玉母さんのような存在をこれほど的確に演じるのを見て感激した。

愚考するに、この物語は2組の夫婦と子供の話にとどめておくべきだったのではないかと思う。エンディング近くの、良多とその親との話が余計に思え、この挿話が全体をわざとらしい印象にさせてしまったような気がした。

夏八木勲の病を感じさせない存在感も光っていた。

(2013.9.28 ユナイテッド・シネマとしまえんにて)

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2013年09月22日

『ランナウェイ/逃亡者』試写会

監督・製作:ロバート・レッドフォード
原作:ニール・ゴードン著「ランナウェイ/逃亡者」(ハヤカワ文庫刊)
出演:ロバート・レッドフォード、シャイア・ラブーフ、ジュリー・クリスティ、スーザン・サランドン、ニック・ノルティ、クリス・クーパー、テレンス・ハワード、リチャード・ジェンキンス、スタンリー・トゥッチ、アナ・ケンドリック、ジャッキー・エヴァンコ、ブリット・マーリング、ほか
原題:The Comapny You Keep
2012年アメリカ

錚々たるキャストが名前を連ねる作品なので、試写会に応募したものの、邦題の陳腐さ(ランナウェイと聞くと、どうしても歌のタイトルを思い出してしまうし、逃亡者も昔の映画のタイトルだし)のために、あまり内容には期待していなかった。ところが、これが大変面白い…いや、面白いというのはちょっと違う…ひたひたと心に迫ってくる見応えのある作品だった。派手な銃撃戦やカーチェイスや暴力も何もないが、真相に迫ってゆくストーリー展開の面白さに、これは上級のサスペンスだと思えた。

1969年のアメリカ、国民の望まないベトナム戦争に邁進する政府に抗議するため、過激派グループが連続爆破テロをおこなった。このグループ“ウェザーマン”のメンバーたちはFBIの最重要指名手配リストに載るが、忽然と姿を消した。30年経って突然メンバーのひとりシャロン・ソラーズ(スーザン・サランドン)が逮捕される。新聞記者のベン(シャイア・ラブーフ)は再び注目されたこの問題を取材するうちに、ある男にたどり着く。それは善良な市民・弁護士として、静かに一人娘と暮らすジム・グラント(ロバート・レッドフォード)という人物だ。ジムは、ベンとFBIの双方から追われることになる。愛する11歳の娘イザベル(ジャッキー・エヴァンコ)を実弟のダニエル(クリス・クーパー)に預けてまで、なぜジムは逃げ、何をしようとするのか。30年間守り続けた彼の秘密とは何か。

ベトナム反戦運動の時代を知らない人には、60年代70年代の世相がピンと来ないかも知れない。しかし、当時過激派グループにとって正義が何であったかについては、現役の新聞記者ベンにもよくわかっていない。むしろ、それにほとんど関心がない。彼は単にFBIが血眼になって行方を追い続けている爆破テロの犯人たちをつきとめたという興奮と、特ダネをものにしたい野心とでジムに接触する。その彼も、ジムが守ってきた秘密に触れたとき、自分の中に何か違うものが生まれたことを自覚する。そのベンの心境の変化を、シャイア・ラブーフは実に自然に演じている。オーバーでなく、陳腐でなく、その瞳にたたえられたニュアンスの微妙な変化が素晴らしい。

ロバート・レッドフォードについては、若かりし時代の美男俳優の印象があまりに強いため、年取ったなあというのが第一印象で、ジム役には少々年を取りすぎかなという気がする。ただし、監督としてのレッドフォードはやはり素晴らしいと思う。これだけの豪華キャストをひとりひとり丁寧に描いて過不足がない。この映画では、キャストそれぞれが非常に印象的で、さすが名優たちを揃えただけのことはあると、感嘆するばかりだが、私が一番良かったと思うのは、スーザン・サランドンだ。拘留中ということで、ただ椅子に座って、面会者と喋るシーンだけなのだが、その表情を見ていると胸に迫ってくるものがある。ミミ・ルーリーを演じるジュリー・クリスティは、未だに美しく素敵だった。ジムの弟役を演じるクリス・クーパーもカッコ良くて注目したし、日本の公式サイトには名前のないサム・エリオットも個性的でよかった。

似ても似つかない邦題になってしまっているが、原題の"The Company You Keep"は「今も大事にしている仲間」といった意味だろうか。このcompanyが集合的に複数の人たちを指しているのか、特定の個人を指しているのかは微妙なところが、私は前者かなと思っている。

(2013.9.20 なかのZERO大ホールにて)

映画公式サイト
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2013年09月10日

『許されざる者』試写会

監督:李相日
原作:「許されざる者」(ワーナー・ブラザースピクチャーズ製作)
   デイヴィッド・ウェブ・ピープルズ著
アダプテーション脚本:李相日
出演:渡辺謙、柄本明、柳楽優弥、忽那汐里、小池栄子、近藤芳正/國村隼、滝藤賢一、小澤征悦、三浦貴大、佐藤浩市、ほか
2013年

あらためて言うまでもないが、1993年公開クリント・イーストウッドが監督・主演を務め、アカデミー賞何部門にも輝いた作品のリメイクである。李相日が監督するということと、渡辺謙・柄本明・佐藤浩市という主演メンバーの名前とで、これは観なくてはと思っていたら、幸い試写会に当選し、一足先に昨日観て来た。予想を遙かに上回るド迫力の映像に圧倒されっぱなし。試写会場はかなりスクリーンの大きい会場だったが、比較的前の方に座った私は、スクリーンいっぱいに広がるスペクタクルに、思わずのけぞるような感覚を何回も覚えた。これは出来うるかぎり大きいスクリーンで観るべき映画だと思った。

舞台は1880年(明治13年)の北海道。維新後のまだ混沌とした時代である。かつて旧幕府軍の侍として“人斬り十兵衛”と呼ばれ恐れられた釜田十兵衛(渡辺謙)は、愛する妻と出会ったことで生き方を変え、二度と刀は抜かないと妻に誓った。しかし、その妻は亡くなり、幼い子供たちを抱えて不毛の地で食うや食わずの生活するうちに、十兵衛は生きる意味を見いだせなくなっていた。そんなある日、昔の仲間・馬場金吾(柄本明)が十兵衛を探し当て、賞金首の話に一枚かんでくれと頼んでくる。鷲路の町で、客を怒らせたために顔をズタズタに切り裂かれた女郎のために、女郎仲間が金を出し合って仇をとってほしいと望んでいるのだ。町には大石一蔵(佐藤浩市)という残虐な町長兼警察署長がいて、切り裂き犯を捕らえようともせず、取引をして旨い汁を吸い、賞金稼ぎにやってきた連中を残虐な方法で追い払っている。最初は断った十兵衛だったが、子供たちにもっと良い暮らしをさせてやりたい一心で、来てくれるだけでいいという金吾の言葉に乗った。町を目指す途中、北海道の地理に詳しいアイヌ出身の若者・沢田五郎(柳楽優弥)に出会い、3人で賞金首を探すことになる。最後の最後まで、十兵衛は刀は抜かないつもりだったが…

舞台を北海道にし、時代を明治維新後にしたことが、最大のポイントだったと思う。北海道の雄大さと、一種の無国籍性がなければ、現代において「許されざる者」のリメイクなど不可能だったに違いない。原作を越えようという意気込みがもしあったとしたなら(あれだけの名作を前に、誰もそんな不遜なことは言っていないが、内心そう思っていた人もいるはず)尚更だ。凍てつく北の大地というロケーションが、人間たちの欲望や怨念や悔悟の念や愛情や、本能やあらゆる感情を極限まで高めている。そのために、描かれる暴力シーンも生半可なものではない。佐藤浩市がこれほど悪逆非道振りを見せるのも久しぶりだ。しかし大石の言葉は彼なりの哲学に裏打ちされたものであり、登場人物のひとりひとりを容易に善悪に振り分けることはできない。どの人間についても、この人は維新前はどういう人間だったのだろう、ここに至るにはどれだけの辛酸を舐めて来たのかと、想像を巡らしたくなる。それは女郎たちに関しても同様だ。喜んで女郎になる女などいない。家族のためか、自分が生きるためか、他に選択の余地がなかったために身を落としたのだろうと思わせる。つまりは人物描写に厚みがあるということだ。

衣装が見事で、作品全体のトーンを決める大きな役割を果たしていると思える。和装・洋装・折衷装、さらには地域特性を生かしたアイヌの服装など、無国籍性を出しても違和感がないのは時代背景のせいだ。衣装の汚れやすり切れた感じが素晴らしいし、着こなしにも相当神経を使っていると特に感じさせるのは女郎たちである。彼女たちが並んだスチールを見ると、その時代の女たちの本物の写真のようだ。

そして、映画で描かれることの少ないアイヌの話も興味を惹かれた点のひとつだ。私は北海道に住んでいたことがあるので、一般の人よりはアイヌについて多くのことを聞いている。あの独自文化を育んでいた人々が和人によってどれだけ迫害されたかは、この描き方でも物足りないと思うが、アイヌ語をちゃんと使ったことは非常によかったと思う。

印象に残った俳優は、小澤征悦と小池栄子である。小澤は女郎を切り刻んだ張本人である佐之助を演じるが、単なる粗暴な荒くれというだけでなく、維新により自分の居場所が見いだせなくなり、自暴自棄になっている男の悲しさも見せてくれる。小池のあっぱれな女郎ぶりは、よくここまで…と思うようなあるシーンに象徴されていた。

北海道の大自然の厳しさ美しさと人間模様とを見事に融合させた李相日監督の手腕にあらためて感服した作品だった。

(2013.9.9 ヤクルトホールにて)

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posted by すいっち at 21:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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