2013年09月09日

『共喰い』

監督:青山真治
原作:田中慎弥「共喰い」(集英社文庫刊)
脚本:荒井晴彦
出演:菅田将暉、木下美咲、篠原友希子、光石研/田中裕子、ほか
英題:THE BACKWATER
2013年

青山監督の2年ぶりの新作。第146回芥川賞受賞作品の映画化であり、新進の若手俳優を主役に起用したことから、早い段階で観たいと思わせてくれた作品だ。原作は未読なので、100%映画だけの感想になるが、『サッド ヴァケイション』と等質な空気を感じさせ、前作の『東京公園』があっさりしていたのとは対照的に、じっとりした地域性が全編に漂う作品だった。

昭和の最後の年、下関に住む17歳の遠馬(菅田将暉)は、父・円(=まどか)(光石研)とその若い愛人とともに暮らしている。父は行為の最中に女を殴ることで快楽を得る性癖があり、実の母・仁子(田中裕子)はそんな夫に愛想をつかし、ひとり家を出て魚屋を営んでいる。仁子は戦争で左手を亡くしていて、魚をさばきやすいように工夫された特殊な義手をつけている。遠馬は、父の性癖に嫌悪感を抱いていたが、幼馴染みの千種(木下美咲)とセックスを重ねるうちに、自分にも父と同じ血が流れていることに気づいてしまう。

物語の構造となっているのは、思春期の抗いようのない性の衝動を抱えて生きる男子高校生の、モノローグによる一夏の回想だ。男の欲望を描いているように見えて、実のところ強く感じるのは女の不気味さだ。登場するどの女も、男の暴力を肯定こそしないが、それを含めて「男ってどうしようもないものだ」と達観し、どっしりと男を包み込んでしまうような印象がある。だから、あからさまな行為のシーンが多く描かれても、エロティックではなく、農耕文化に根ざした(物語は海の町であっても)豊穣神の泥臭い祝祭のように見えてくる。忌まわしい欲望を描いていても、意外に全体が重苦しくないのはそのせいだろう。むしろ男が滑稽で哀れに感じられる。遠馬の回想が光石研の声で語られるのに、やや違和感がある。父の血が息子に流れているということを表したかったのだろうか、菅田ではナレーションをするほどの力はないからだろうか。

田中裕子の存在は圧倒的だ。彼女がいることで、物語の厚みが何倍にもなるかのようだ。光石研も実力通りの自在な演技で迫力満点。主演の菅田将暉は、テレビドラマ「泣くな、はらちゃん」や「35歳の高校生」でうまいなあと注目していた俳優で、彼の演技を楽しみにしていたが、下関弁を喋らねばならないためか、熱演には違いないが、少し硬いかなという印象だ。時期的には上記2本のドラマより映画のほうが撮影が早かったと思われるので、この映画を経験して菅田は一皮も二皮も剥けて、ドラマで好演だったのかも知れない。若い女優の木下、篠原はともに大変よかったと思う。とりわけ、独特のねちっこさを持った琴子を演じた篠原は見事だった。この映画の最大の見どころは、女の底知れない母性であるような気がする。登場するどの女も、一度も憎悪の表情を見せないところが、不気味たる所以だ。それでも、自己を無様にさらけ出す男たちを演じるのは、女より遙かに強い覚悟がいるだろうとは思う。その意味では、菅田にも光石にも大いに拍手を送りたい。

昭和の最後の年の夏という時期を描写する手並みは鮮やかだった。仁子の腕を失わせる原因を作ったある人物のことを「あの人」と仁子が表現するところは実に新鮮な驚きだ。下関という土地を舐めるように写し出してゆくカメラが、北九州サーガの系譜だということをはっきり伝えている。

映画としては面白かったが、では原作も読んでみようと思うかといえば、どうも食指は動かない。エンディングが原作とは異なるそうなので、どこからが映画独自の脚本なのかを知りたいという気はするが、どうもそんなに好きにはなれないストーリーである。母性に甘えきっているにすぎない男のエゴとずるさを感じるからだ。

(2013.9.8 新宿ピカデリーにて)

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2013年09月06日

『黒いスーツを着た男』

監督・脚本:カトリーヌ・コルシニ
出演:ラファエル・ペルソナ、クロチルド・エム、アルタ・ドブロシ、レダ・カテブ、アルバン・オマール、ほか
原題:TROIS MONDES
2012年フランス=モルドヴァ

「アラン・ドロンの再来」とフランスで絶賛されたラファエル・ペルソナ主演の作品である。彼の画像を見て、本当に若かりし頃のドロンに目元がそっくり!と思い、内容も面白そうなので、観に行って来た。後で情報を見て、女性の監督さんだったんだ!と驚くくらい芯のしっかりした作品で、クライム・サスペンスと言いながら、心理描写が細やかで、とても面白かった。

日本の報道では、Raphaël Personnazの名前は、カタカナでは“ラファエル・ペルソナ”とも“ラファエル・ペルソナーズ”とも表記され、映画公式サイトでも表記が統一されていない。それで、彼のフランスでのインタビュー映像を探してみたところ、インタビュアーが彼を「ラファエル・ペルソナーズ」と紹介し、本人もそれに頷いているものを見つけた。ということは、ペルソナーズが正しいのだろう。
参考:INTERVIEW : Raphael Personnaz et Victoire Belezy MARIUS et FANNY(Youtube)

【追記】
記事を書いたあとに、「ラファエル・ペルソナ」が正しい読み方だとご本人が配給会社に伝えたということをお知らせいただいた。参考記事を教えてくださったので、映画公式サイトの6月のNEWSにその旨記載されていることもわかった。公式サイトは現在「ペルソナ」に訂正されているが、唯一予告篇中の表記だけはさすがに修正できなかったようだ。私の持っている映画チラシ2種は、「ペルソナ」のものと「ペルソナーズ」のものと両方ある。ヨーロッパの人は、自分の名前を間違って発音されてもあまり気にしない人も多いので、インタビューではわざわざ指摘しなかったのかも知れない。


貧しい家庭に生まれながら、長年真面目に働いて実績を積んだアル(ラファエル・ペルソナ)は、社長令嬢との結婚を10日後に控え、将来を約束されている。会社の友人たちとバカ騒ぎをしたある夜、アルが運転する車が、誤って男性を轢いてしまう。友人たちにせき立てられるままに、現場から逃げ出したアルだったが、事故の模様は、現場の通りを隔てたアパルトマンに住むジュリエット(クロチルド・エム)に目撃されていた。手一杯の病院スタッフの代わりにジュリエットは被害者の妻ヴェラ(アルタ・ドブロシ)に連絡を取るが、被害者はモルドヴァからの不法就労者だった。被害者の容態が知りたくていてもたってもいられないアルは、翌日そっと病院を訪れるが、その姿をジュリエットに見られてしまう。暗かったためにひき逃げ犯の顔はわからなかったジュリエットだが、アルを見て直感的に怪しいと思い、彼のあとをつける。

原題の"TROIS MONDES"というのは「3つの世界」という意味だ。この「世界」は「階級」のニュアンスも持つ言葉なので、ジュリエットに代表される中産階級と、アル自身の出身である貧しい階層(父親はいないらしく、母親は掃除婦をしていたと語られる)、そしてモルドヴァ出身の不法労働者というフランスから見た最下層、この3者を表現したタイトルなのかなと思う。邦題の「黒いスーツを着た男」は、ペルソナだけに焦点を絞ったようなタイトルで、映画の本質はとらえていない。フランス版のポスター日本版のポスターを比べてみると、狙いの違いがよくわかる。

フランスメディアが絶賛するキャスティングは確かに素晴らしい。まずラファエル・ペルソナ。まさに『太陽がいっぱい』で、貧しい生まれの野心家の若者を演じたの頃のアラン・ドロンを彷彿させる寂しげで危うい目つきと、スリムな肢体、綺麗な身のこなしで、しかも演技力もあり、文句のつけようがない。ジュリエット役のクロチルド・エムとヴェラ役のアルタ・ドブロシも、繊細な感情をの動きを的確に演じられる実力派だ。

サスペンスにしては、ストーリーはさほどハードではなく、大どんでん返しを期待する向きには不満かもしれないが、主要登場人物それぞれが、自らを偽るか、さらけ出すかの瀬戸際に立ち苦悩する様は心理サスペンスとして十分見応えがあった。

(2013.9.5 ヒューマントラストシネマ渋谷にて)

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2013年09月03日

『夏の終り』

監督:熊切和嘉
脚本:宇治田隆史
原作:瀬戸内寂聴『夏の終り』(新潮文庫刊)
出演:満島ひかり、綾野剛、小林薫、赤沼夢羅、安部聡子、小市慢太郎、ほか
2012年

先週末公開映画で最も観たかった作品である。原作が瀬戸内寂聴だから、ストーリーはしっかりしているだろうと考えたし、満島ひかり、綾野剛という注目している俳優が出演していることも、期待を持てる要素だった。時代背景は明確にはされていないが、原作が刊行されて50年ということと、映画の美術面から、1950年代あたりかなと思う。戦後そう月日の経っていない時代のしっとりした雰囲気が、スチールからもうかがえた。

知子(満島ひかり)は、型染めを仕事にしており、妻子ある年上の売れない作家・慎吾(小林薫)と長年暮らしている。慎吾は妻のいる自宅と知子宅とを定期的に行き来している。慎吾との穏やかな生活に満足していた知子だが、ある日、昔の恋人・涼太(綾野剛)が訪ねて来てから心が揺れ始め、慎吾と暮らしながらも、涼太と再び関係を持つようになった。

激しい愛の物語だが、時代背景のせいか、静謐ささえ感じる作品だ。それは間(ま)がとても長いせいもあるだろう。作品の意図がしっかり伝わって来た(勝手にそう思っているだけかも知れないが)にもかかわらず、私はその間が自分の感性よりほんのちょっとずつ長いことに耐えられず、114分という上映時間がとても長く感じられ、じれったくなってしまった。原作は読んでいないし、あらすじにすら目を通さなかった私には、この映画はちょっと疲れる。ストーリーの時系列をかなり錯綜させているので、このシーンはあのシーンの前なのか後なのかを理解しようと努めるあまり、俳優の表情や心理の綾にまで目を行き届かせる余裕がなかったのである。結局、涼太は知子が昔駆け落ちした相手であることは、見終わってチラシの解説を読んでから、初めてちゃんと理解したという情けなさだ。事前情報なしに観る者にとっては、映画の中で流れるゆったりとした時間とは裏腹に、のんびり観ていることの出来ない作品だった。時系列に沿わない描き方は、嫌いではないが、それがすんなり入ってくるのと、え?え?と頭がこんがらかるのとは、紙一重だと思う。編集の仕方が私の好みに合わなかったということだろう。

俳優はどの人もよかったが、涼太の描き方が物足りなく、綾野剛を活かせていないような気がした。仕方のないことだが、満島ひかりも綾野剛も、現代の俳優さんらしく小顔でスマート。昭和のじっとりした雰囲気を出せといっても無理かもしれない。もっと官能的な作品になってもよかったのではないかと思うが、むしろスタイリッシュな出来だ。それでも、美術は見事だったと思う。とくに家の中のセットが、レトロというのではなく、ちゃんと生活感のある昭和テイストになっていて、これは大変よかった。

オープニングとエンドロールで使われる型染めが美しく、一番印象に残った。

(2013.9.2 テアトル新宿にて)

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2013年09月01日

『四十九日のレシピ』試写会

監督:タナダユキ
脚本:黒沢久子
出演:永作博美、石橋蓮司、岡田将生、二階堂ふみ、原田泰造、淡路恵子、ほか
2013年

実はこの作品は、去る5月にマル秘試写会が当選し、鑑賞することになったものなのである。試写については8月末までいっさい内容を口外しないようにという約束事があったので、今日まで感想をアップすることができなかった。ついに9月に入り、一般試写会の募集も出てきていることから、もう書いてよいだろうと思い、5月に書いて保存しておいた記事をアップすることにする。

* * * * *

タイトルすら知らされない試写会に行くのはこれが2回目。好みではないタイプの映画だったらガッカリだなあと思ってはいたが、試写会応募の際は「この秋公開の注目度No.1<マル秘>映画」ということだったので、ある程度期待していた。会場に着くとまずかなり厚いアンケート用紙が渡され、上映前に途中まで記入するようになっている。これから観る映画のあらすじも書かれており、永作博美主演の映画だということがわかり、ともあれ主演は好きな女優さんだったのでホッとする。事前記入分が終わると試写室へ案内される。ごく小さいスクリーンだが、椅子はせいぜい20客くらいで、どこにいても良く見える。それに椅子は1人掛けソファという雰囲気のもので座り心地もよい。スクリーンの前に2種類のポスターが置かれていて、『四十九日のレシピ』という作品だとやっと判明。これの撮影情報だけは知っていたが、タナダユキ監督作品だということは忘れていた。タナダ監督作品としては2008年の『百万円と苦虫女』を観ているが、非常に軽い作品だったので、あまり良い印象はない。やや不安になりながら観始めた。

百合子(永作博美)は30代の主婦。なかなか子宝に恵まれず、不妊治療を続けながら寝たきりの義母の介護をしている。ある日、夫の浩之(原田泰造)の裏切りが発覚し、百合子は離婚届を置いて家を出、実家へ向かう。実家の父、熱田良平(石橋蓮司)は、長年連れ添った妻の乙美を亡くしたばかりで、気力を失っている。乙美は百合子の実母ではなく、再婚相手だが、百合子が5歳のときから愛情を持って育ててくれた人だ。百合子が実家に戻る前に、良平のところに突然“イモ”こと井本幸恵(二階堂ふみ)という今時のギャルがやってくる。乙美が養護施設で働いていたときの入所者だ。イモは乙美が生前作っていたある「レシピ」の存在を良平に伝えに来たのだ。干渉を拒む良平の怒鳴り声など耳に入らないかのように、良平の身の回りの世話を始める。そのレシピがきっかけとなって、乙美の四十九日に向けて、様々な準備をする中で、良平も百合子も自分を取り戻してゆく。

ストーリーははっきり言って面白くない。すべて先が読めてしまい、予定調和の気持ち悪さが残る。ただし、イモの存在だけは現実離れしているだけに、一種のファンタジーとも言え、この面は良かった。試写直前に二階堂ふみが出演していることを知り、楽しみにしていたのだが、その期待は裏切られなかった。『ヒミズ』のときのひたむきな少女、大河ドラマ「清盛」のときのしっとりした雰囲気とはまた違って、はちゃめちゃな女の子だけれども、どっしりとしたその存在感は、ホームドラマっぽいストーリーをかろうじて救っていると感じた。頑固な父親を演じる石橋蓮司もよかった。ただし、ハル役になぜ岡田将生をキャスティングしたのか理解に苦しむ。あそこは是非とも本物の日系ブラジル青年を使って欲しかった。そして、せっかくの永作博美をちっとも生かせていない脚本も不満だ。百合子という女性が魅力的に描けていないと感じるし、いくら生活に疲れた主婦だとしても、あそこまで地味(というかダサイ)な衣装では、観ているほうも楽しくない。地味で身なりも構わない女性という風に描きたかったのだろうが、あれでは夫に裏切られるのも無理ないか、と思えてしまう。淡路景子を久しぶりにスクリーンで見たが、さすがの迫力で圧倒された。最近テレビのバラエティーによく出演して毒舌ぶりを披露しているが、そのイメージにぴったりの役柄だった。

* * * * *

試写が終わると、別室に数人ずつ集まって、詳細な感想を述べる時間もあった。またスクリーンの前に2種類置かれていたポスターの好みについても聞かれた。現在公開されているポスターを見ると、あの時に見た2種類のポスターとも違う。こうやって、宣伝担当の人たちは頑張って方向性を決めて行くのだなとわかり、このことは新鮮な体験だった。

(2013.5.19 WOWOW試写室にて)

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2013年08月31日

『クロワッサンで朝食を』

監督・脚本:イルマラ・ラーグ
共同脚本:アニエス・フォーヴル、リーズ・マシュブフ
出演:ジャンヌ・モロー、ライネ・マギ、パトリック・ビノー、ほか
原題:Une Estonienne à Paris
2012年フランス=エストニア=ベルギー

事前に口コミをちらっと見ると、高い評価と低い評価とが入り交じり、かなり意見の分かれる作品だということがわかった。実際に観てみて、私としては、かなり気に入った部類に入る作品だったので、観て良かったと思う。

中年女性アンヌ(ライネ・マギ)はエストニアで、高齢の母を看取ったばかり。これからのことをまだ何も考えられない状態の中、フランスのパリで家政婦をやらないかという仕事の話が舞い込む。迷ったが、パリは昔から憧れの街。新天地にほのかな期待を抱いてパリに行ったアンヌを待ち受けていたのは、高級アパルトマンに住む気位の高い老女フリーダ(ジャンヌ・モロー)。雇い主は、近くのカフェの店主ステファン(パトリック・ビノー)だが、フリーダとの関係は不明。フリーダは、家政婦などいらないと、最初からアンヌをはねつける。早くも挫折感を味わうアンヌだが、少しずつフリーダの好みや気持を推し量り、やがて打ち解けてゆく。しかし、アンヌの秘めた過去に触れたとたん、状況は一変した。

監督の体験を元に作られた実話なのだそうだが、頑固で孤独な老人と、周囲の人との関係を描くストーリーは近年とても多く、その設定自体はむしろ「またか」と思うほどだ。ただこの作品の特徴は、フリーダとアンヌの繋がりの推移を描くというよりも、フリーダの暮らし方(ひいてはパリという街の持つ力)を通して、アンヌの気持の微妙な変化を描いたもののように思える。まず、母親の死を目の当たりにしたアンヌの言いようのない表情。これが出色だ。このときにアンヌが感じた気持は、後にアンヌ自身の口から語られるが、本当に身につまされる。だが、物事を正しく認識できなくなっていた自身の母親と比べると、フリーダがいかに頑固で嫌みばかり言う老女でも、アンヌはむしろ救われていたに違いない。ただ受け入れてもらえないから仕方ないと思ったまでで、フリーダが嫌いで去ろうとしたのではないはずだ。

いっぽうフリーダの暮らしぶりは、彼女がフランス出身ではないにもかかわらず、極めてフランス的(パリ的?)で、単なる贅沢というのではないパリのエスプリを感じることができて興味深い。それは食習慣や服装といった外面にとどまらず、男性との関わり方にもあらわれている。

フランス語原題は「パリのエストニア人(女性)」という意味なので、「クロワッサンで朝食を」なんて、また例によって甘ったるく味付けしたものだと、邦題が最初はどうも気に入らなかった。ただ「エストニア」という国名は日本人にとってはイメージが湧きにくいし、パリの息吹を感じさせるという面にターゲットを絞って考え出されたタイトルなのかなと、やや納得し始めている。

アンヌ役のライネ・マギは本当によかった。癖のない真っ直ぐな金髪を無造作に束ねて、ほとんど化粧っ気もなく、それでも視線には人の心をとらえる強さがある。ジャンヌ・モローはジャンヌ・モロー以外の何者でもない。時には醜悪で、時には意地悪く、時には小悪魔的で、時には可愛らしく、変幻自在である。彼女の私物であるというファッションも見物だ。

アンヌが夜ごとパリの街を散歩するシーンも魅力のひとつだろう。夜のパリはまたひと味違った顔を見せてくれる。アンヌが特に気に入ったらしいエッフェル塔の撮り方は、アンヌを後押してくれるような力強さに満ちていた。

(2013.8.30 シネスイッチ銀座にて)

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2013年08月26日

『素敵な相棒―フランクじいさんとロボットヘルパー―』

監督:ジェイク・シュライヤー
脚本:クリストファー・D・フォード
出演:フランク・ランジェラ、スーザン・サランドン、ジェームズ・マースデン、リヴ・タイラー、ほか
原題:ROBOT & FRANK
2012年アメリカ

ロボットヘルパーという設定に興味を持ち、観に行った。この作品は、第28回(2012年)サンダンス映画祭で、優れた科学的内容を持つ作品に送られる“アルフレッド・P・スローン賞”を受賞している。インディペンデント映画ながら、日本でも鑑賞満足度はかなり高い。ほのぼの系のストーリーには違いないが、高齢者の気持ちに添った丁寧な脚本で、今日的な問題にも切り込んでいる。

物語の舞台はnear future、そう遠くない未来である。印象としては20年も先のことではない。元泥棒で、何度も服役経験のあるフランク(フランク・ランジェラ)は、高齢になり、物忘れもだんだんひどくなり、見当識がおぼつかないこともたまにあるが、一人暮らしをしている。することといえば、近所の図書館へ行って本を借りたり、顔なじみの司書ジェニファー(スーザン・サランドン)と世間話をしたりするのがせいぜい。成人した息子のハンター(ジェームズ・マースデン)は家庭を持ち、娘のマディソン(リヴ・タイラー)はジャーナリストで外国を飛び回っている。ある日、ハンターがフランクに超高性能の介護ロボットをプレゼントする。たびたび父親の面倒を見に来るのが困難な自分たちの代わりに、父親の健康管理と家事の補佐をさせるためなのだ。自分がまだひとりで日常生活を送る十分な能力があると思っているフランクは、介護ロボットなどごめんだと拒絶する。父親と言い争いになったハンターは、介護ロボットを受け入れるか、老人施設に入るかだ、と言い置いて帰る。お節介な介護ロボットに辟易したフランクだが、高度にプログラミングされたロボットの健康管理のおかげで、体調は好転し、気分も前向きになってゆく。何か趣味を持つべきだとロボットにアドバイスされたフランクは、自分の楽しみといえば、綿密な計画を立てて泥棒をすることだと思い出す。そして泥棒計画にロボットを巻き込んでゆく。

若い者の意見を聞かず頑固な老人というのはよくある設定だが、描き方は陳腐ではない。映画公式サイトには、フランクがロボットを受け入れないのは、ハイテクに嫌悪感を持っているからだという説明があるが、私はそうは取らなかった。フランクが拒否の態度を示すのは、自分の能力を否定された気がして、プライドが傷ついたからだと思えた。だから、これがロボットではなく、人間のヘルパーだったとしてもフランクの態度は同じだったに違いないと思える。そういう意味では、高齢者の感情のあり方をとてもよく理解した脚本だと感じた。

いつしかロボットはフランクの相棒という存在になるが、ロボットには最後まで名前がないところがウエット過ぎずによいと思う。感情を持たないロボットが、フランクのいろいろな発言に対してどのように答えるかが面白く、笑えるところでもある。フランクはだんだんロボットに感情移入してしまうが、ロボットはあくまでも機械に過ぎず、そこが切ない。楽しい映画だったが、身につまされる内容でもあった。

(2013.8.24 角川シネマ有楽町にて)

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2013年08月20日

『タイピスト!』

監督・脚本:レジス・ロワンサル
出演:ロマン・デュリス、デボラ・フランソワ、ベレニス・ベジョ、ショーン・ベンソン、ミュウ=ミュウ、ほか
原題:Populaire
2012年フランス

50年代を舞台とした楽しそうな映画なので観に行って来た。大変評判がよいそうで、東京では1館でしか公開されていないため、超満員である。触れ込み通りの楽しい映画だった。ストーリーは単純で、50年代を意識しすぎたわざとらしさもあるが、ファッションは楽しめるし、ハッピーエンドでストレスを感じさせない作りが人気を呼んだのだろう。

ローズ(デボラ・フランソワ)はバス・ノルマンディー地方のとある田舎町に住む雑貨店の娘。田舎ではこれといった仕事もなく、都会に憧れて、当時若い娘に一番人気の職業、秘書を目指して面接に向かう。ドジで要領の悪いローズであるが、唯一の特技であるタイピングの速さを買われて、雇用主である保険会社経営者のルイ(ロマン・デュリス)のもとで1週間の試用期間を獲得する。天然なローズは秘書には向かないが、ルイは彼女にクビの代わりの条件として、タイプの早打ちコンクールに出ることを提案する。ゆくゆくは彼女を世界大会で優勝させるという野望を抱いたのだ。仕事を失いたくないローズは嫌々承知するが、そこからルイによる鬼コーチの特訓が始まる。打ち方の矯正、指の柔軟性を養うためのピアノ、体力をつけるためのジョギング… めでたくバス・ノルマンディー地方大会で優勝したローズにルイはまだまだ満足せず、パリで行われるフランス大会へ出場させる。そこでは3連覇をかけた垢抜けた実力者がローズを待ち受けていた。

原題の"Populaire"は作品内に登場するタイプライターのモデル名であり、英語の「ポピュラー」に当たる「大衆的な」とか「人気のある」という意味を持つ単語だ。タイプライターがどんどん普及してゆくことと、ローズがだんだん人気者になってゆくことを掛けたタイトルなのだろうか。冒頭に"Triumph"という西ドイツのメーカーのタイプライターが映し出される。ローズの父が営む雑貨店のショーウィンドウに飾られているものだ。私が最初にタイピングを覚えたときは、タイプライターを使用していたので、非常に懐かしい。Triumphと言えば憧れのメーカーだったのだ(さすがに映画に出てくるほど古いモデルではなかったが)。だから、現在のパソコンのキーボードを打つことと比べて、いかに指に力が必要か、訂正が容易ではないからいかに正確に打たなければならないかは、よく理解できる。

ローズがタイピングの腕を上げて行く過程がそのままストーリー展開になっているが、ルイとの間に芽生える愛情や、ローズの家族の話や、ルイの秘めた過去などが、そここに挟まれ、飽きさせない脚本となっている。タイピングの指使いを知るためにキーを色分けし、ネイルをそれに合わせているのが可笑しいが、よいアイディアだと思った。

後半に、世界各国のタイピストが登場するのだが、そのキャラクター設定があまりにも直球なので笑ってしまった。フランスから見ると、諸外国はこういうイメージなのだなあというのがよくわかる。一番好きだったのは、ルイの誕生日にルイの家に両親や家族が集まってくるところである。この暖かさが映画の流れを決めているように思える。

タイピングの軽快なリズムが段々銃の乱射の音のように変わってくるとエンディングも間近だ。私の好みからすれば、やや他愛なさすぎて、心から楽しめる映画とまでは言えないが、50年代に合わせたディティールは十分興味深い。

(2103.8.19 ヒューマントラストシネマ有楽町にて)

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2013年08月08日

『謎解きはディナーのあとで』

監督:土方政人
原作:東川篤哉「謎解きはディナーのあとで」(小学館刊)
脚本:黒岩勉
出演:櫻井翔、北川景子、椎名桔平、中村雅俊、桜庭ななみ、要潤、黒谷友香、甲本雅裕、大倉孝二、伊東四朗(特別出演)、生瀬勝久、竹中直人、鹿賀丈史、宮沢りえ、ほか
2013年

夏休みで子供向けの映画が多く、端境期だけれども、何か観に行きたいと思い、近くで上映していて肩の凝らないものにした。以前、本屋大賞受賞作として話題になったころに原作を読んだが、あまりに軽すぎて面白くなかった。テレビドラマが始まったときは、2,3回見てみたが、なんとなくピンと来なくて全部は見ず仕舞いになった。それなのに何故映画を観ようという気になったかというと、豪華キャストだし、意外に面白そうかな?と思ったからである。

久しぶりにバカンスがとれた麗子(北川景子)は、シンガポール行き豪華客船プリンセス・レイコ号に景山(櫻井翔)を従えて乗り、あれこれ楽しむつもりだったが、乗客のひとりが謎の死を遂げる。そしてあろうことか、船には麗子の上司で、常にトンチンカンな推理をひけらかす風祭警部(椎名桔平)が乗っていた。彼は国立市からシンガポールに送られる「Kライオン」なるアート作品の警備のために来ているのだった。死んだ乗客は他殺だとわかったが、犯人の目星もつかないうちに、第2第3の事件が起こり、ついには麗子の身も危うくなる。景山はどうやって事件の真相を見出すのか。

コメディーと謎解きをうまく融合させるのは結構難しいと思うが、この作品はそのへんがしっかりしていて、なかなか面白かったと言える。劇画タッチでたたみかける台詞や、映像処理が嫌みなく挿入される。TVのスポットでも紹介された「クビ!クビ!クビ」という文字が転がるところなども悪くない。そもそも毒舌執事と令嬢刑事という設定にリアリティーがなさすぎるわけだから、思いっきり開き直った作り方をしないと中途半端になってしまう。その点、豪華客船というこれまたリアリティーのない舞台で、キャストも豪華にして、犯人をわかりにくくしていて、悪くはないと思った。原作の謎解きはどうも底が浅い気がしたが、映画では結構凝っている。

個人的には、こそ泥役の高円寺雄太(大倉孝二)が可愛くて気に入ったし、蓮っ葉な役が結構似合う宮沢りえも良かったと思う。ほんの数秒の登場ではあるが、伊東四朗や野間口徹の顔も見られて楽しかった。惜しいと思ったのは、客室支配人・藤堂(中村雅俊)の娘である歌手の凛子(桜庭ななみ)の歌が完璧に吹き替えだったことだ。格好いいジャズの曲なので、これはやっぱりちゃんと歌える人をキャスティングしてほしかったとも思うが、凛子は一応重要な役どころなので、演技力を優先させたのかなと想像している。あまりにも口パクが見え見えなので、ちょっとシラけてしまった。

(2013.8.8 ユナイテッド・シネマとしまえん にて)

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2013年08月07日

『悪いやつら』試写会

監督・脚本:ユン・ジョンビン
出演:チェ・ミンシク、ハ・ジョンウ、チョ・ジヌン、マ・ドンソク、クァク・ドウォン、キム・ソンギュン、キム・ヘウン、ほか
原題:범죄와의 전쟁: 나쁜놈들 전성시대(犯罪との戦争:悪い奴らの全盛時代)
英題:Nameless Gangster : Rules of the Time
2012年韓国

ハ・ジョンウ出演で昨年韓国で大ヒットした作品とあっては、観ないわけにはいかない。頑張って応募して昨日試写会に行って来た。会場は韓国文化院のハンマダンホール。韓国文化院に足を踏み入れるのは初めてだが、立派な綺麗なビルで、ホールは見やすいレイアウトで、椅子もゆったりしている。

ユン・ジョンビン監督についてはまったく知らなかったのだが、撮影時は33歳だというから驚く。次世代を担う期待の監督のひとりらしい。脚本の完成度が高く、とても面白かった。事前の情報から、もっとどうしようもない悪の世界が描かれているのかと思ったら、確かにどす黒い裏社会がテーマではあるし、バイオレンスの要素もあるけれども、むしろ非常に人間くさい映画だった。

1980年代のプサンが舞台。チェ・イクヒョン(チェ・ミンシク)は税関職員として働いていたが、賄賂をもらったことで、ひとり責任を取らされる形で職を失った。プサン最大の暴力組織の若きボス、チェ・ヒョンベ(ハ・ジョンウ)と遠い親戚であることに気づいたイクヒョンはヒョンベに近づく。小狡く、人脈を駆使して狡猾に立ち回るイクヒョンとおのれの腕以外何も信じないヒョンベが組んで、釜山を牛耳ってゆく。だが、1990年にノ・テウ大統領が組織犯罪を本気で撲滅する宣言をおこなうと、二人の関係も徐々に変わってゆく。

極道でもなく、善良なる一般市民でもなく、どちらからも“クズ”扱いされるイクヒョン。愛想は良く、はったりと裏切りと小細工でうまく生き抜いてきた彼と対照的なのが、冷徹で一本気なヒョンベである。決定的な違いはイクヒョンには妻も子もあることだ。家族を守るためならば、犠牲にしてはいけないものなど、彼にはない。詳しく語られないが、ヒョンベは人に裏切られ続けて生きてきて、誰をも信用しないが、人を裏切ることはしないし、道理を通したがる人間だ。これほど接点がなさそうな二人なのに、なぜか彼らは見えない糸で繋がっているかのように、互いを意識の外へ追いやることが出来ない。まるで自分にないものを持っている相手に憧れがあるかのようだ。そのコントラストが非常に面白いし、笑えもする。年長者を大切にする韓国の伝統がそこかしこに見られるのがお国柄だ。

ヒョンベの片腕パク・チャンウ(キム・ソンギュ)や、プサン地方検察庁検事のチョ・ボムソク(クァク・ドウォン)といった個性的な脇の面々が印象的だ。台詞がとてもウィットが効いていて、登場人物は真面目に話しているのだが、笑えてしまう。ハ・ジョンウはプサン訛りを練習して喋っているということだが、標準語とプサン訛りとの違いは残念ながらわからない。日本で言う関西弁のような印象なのだろうか。ラストシーンの見事な演出にはゾクッとした。ハ・ジョンウの美声は必聴。

(2013.8.6 韓国文化院ハンマダンホールにて)

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以下ネタバレあり
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2013年07月28日

『終戦のエンペラー』

監督:ピーター・ウェーバー
原作:岡本嗣郎『陛下をお救いなさいまし』(集英社刊)
脚本:デヴィッド・クラス、ヴェラ・ブラシ、
出演:マシュー・フォックス、トミー・リー・ジョーンズ、初音映莉子、西田敏行、羽田昌義、火野正平、中村雅俊、夏八木勲、桃井かおり、伊武雅刀、片岡孝太郎、ほか
原題:EMPEROR
2012年アメリカ

公開初日の朝イチで観に行くことができたが、大変重厚で緊迫感のある作品だった。これがアメリカ映画だということが意外なほど、日本側の描き方に違和感がないし、日本人の配役が素晴らしい。やはり日本側プロデューサーに奈良橋陽子、野村祐人がいるということが大きかったのだろう。

1945年、太平洋戦争が終結し、アメリカのマッカーサー元帥(トミー・リー・ジョーンズ)が厚木海軍飛行場に降り立つ。マッカーサーは腹心のフェラーズ准将(マシュー・フォックス)に、戦争の真の責任者を探せという極秘命令を下す。アメリカで学生だった時に日本人女性アヤ(初音映莉子)という恋人がおり、日本文化に詳しいフェラーズだったが、任務は困難を極めた。限られた日時のなかで、日本の政府要人たちや、天皇(片岡孝太郎)の側近たちを調べても、天皇に戦争責任があるか否かの証拠には到達できない。容易に理解できない日本における天皇という存在に翻弄されながらも、フェラーズはひとつひとつの謎を解き明かしてゆく。そこに、連合国側の思惑、マッカーサー自身の野望が絡み合い、物語は複雑な側面を見せる。かの有名な、昭和天皇とマッカーサーの並んだ写真に至るまでには、どのようないきさつがあったのか。日本の戦後の運命を方向づけたものは何だったのか。

日本の敗戦を決定的にしたキノコ雲の映像に、冒頭から胸が苦しくなる。そして大空襲で焼け野原になった東京。戦争の生々しい爪痕が再現される。この国をこんな風にしてしまった責任はいったいどこにあるのかと、GHQでなくても思う。徹底的な考証と、日本人のメンタリティーをきちんと理解した脚本とで、日本人から見たリアリティーが感じられる。もちろん戦争体験者が見たとしたら、我々年代とはまた違った感想があるのだろうが、少なくとも、外国映画の中に登場する変な日本人や、デフォルメされた日本、といった要素はいっさいない。むしろ、要人たちを演ずる日本人俳優のあまりの立派さに、本当にこれほど誇り高い人たちばかりだったのだろうかと疑念が生じるほどだ。

フェラーズとアヤとのラブストーリーを除いては、ほぼ実話であるそうだ。ポツダム宣言受諾やGHQによる占領、宮城事件、玉音放送など、断片的に知識はあるが、この映画ではフェラーズが戦争の責任者をつきとめてゆくというストーリーになっているので、これらのことがうまく繋がって、歴史的な理解を深めてくれる。それと同時に、一種の謎解きにも似たサスペンス感も確かにある。

今作では、登場シーンは少ないが重要な役を演ずる俳優たちが素晴らしかった。火野正平(=東條英機)、中村雅俊(=近衛文麿)、伊武雅刀(=木戸幸一)、夏八木勲(=関屋貞三郎)、片岡孝太郎(=昭和天皇)らである。とりわけ夏八木は、体調の悪さなどみじんも感じさせず品のある宮内次官そのもので、胸が熱くなった。片岡の天皇はため息が出るほど見事だった。歌舞伎役者さんというのは、高貴な役を演じるのに実にうってつけだといつも思う。身のこなしの美しさが備わっているからに他ならない。台詞は少なかったが、天皇が発する一言「関屋」が素晴らしく、心に響いた。女優陣では、鹿島大将婦人を演じた桃井かおりがさすがだ。これだけ英語をうまく日本人の感情に乗せることのできる人はそういないだろう。彼女の“Welcome”にはゾクッとした。

もちろん、トミー・リー・ジョーンズの存在感は、この作品には欠かせないものだった。マッカーサーという人物を深く理解し、威厳と頭の回転の良さとユーモラスな部分とを併せ持った人間像を見事に作り上げ、真っ直ぐな性格のフェラーズを演じるマシュー・フォックスと、良いコントラストを見せてくれた。

個人的には、フェラーズとアヤの恋愛部分はあまり必要性を感じなかった。注目株らしい初音映莉子がどうもピンと来なかったからかも知れない。表現しにくいのだが、外国人が好むタイプの日本人女優というイメージに見え、他の自然な人たちの中で浮いた印象を受けたのだ。

若い人たちの好みを聞くと、戦争を扱った映画は嫌いという意見が多いのだが、日本はこういう時代を経て現在に至っているのだと、やはり知ってもらいたいし、歴史サスペンスとしても楽しめる作品なので、観て損はないと思う。

(2013.7.27 ユナイテッド・シネマとしまえん にて)

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posted by すいっち at 01:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画鑑賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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